【Vol.488】アイスランド以上の悲劇

今週14日「日本発の津波が世界を襲う」というネット上のコラムが一部の市場関係者の間で話題になりました。日本の財政状況に警告を発しているフェルナンド・ウルリッチというエコノミストの動画内容の要約です。このように言われること自体、日本の危機を表しています。このメルマガが着信する頃は、日銀政策決定会合の真っ只中か、終了後でしょう。決定事項に注目したいと思います。


1.アイスランドの悲劇

アイスランドで昨年稼働した「オルカ」については、メルマガ474号(2021年11月9日号)で取り上げました。

ジオエンジニアリング(気候工学)の手法のひとつであるCO2直接回収(Direct Air Capture)プラントです。

「CO2収集機(コレクター)」のフィルターで大気中のCO2を吸着し、地下貯留する仕組みです。プラント稼働には近郊のヘリシェイディ地熱発電所の廃熱を利用します。

DACプラントでは再エネを使用することが大前提です。除去するCO2量よりもプラント稼働で排出するCO2量が多ければ意味がありません。

そういう観点で火山国アイスランドは適地です。日本も火山国。地熱発電の潜在力は世界有数であることから、DACプラントを造る敵地としてアイスランド同様に有望です。

「オルカ」を取り上げる以前にも、アイスランドに注目した機会がありました。それはリーマン・ショック後の「アイスランドの悲劇」です。

アイスランドは2008年のリーマン・ショックが直撃し、株価や地価が暴落。大手銀行が相次いで破綻し、その救済のために財政が急激に悪化しました。

アイスランド通貨クローナは急落。アイスランド中央銀行は政策金利を18%まで引き上げて通貨防衛を図りましたが、経済や財政運営の観点から金利引上げには限界があり、市場の圧力に屈しました。

アイスランドは「通貨暴落(為替減価)」「金融引締の制約(限界)」「資本流出」という「負の連鎖」に直面し、教科書通りの「通貨暴落を契機とする金融危機」に陥ったのです。

アイスランドに残された選択肢は資本移動規制のみ。結局、2008年11月に資本移動規制を導入。通貨の信認が失われるとこうなるという「お手本」です。

IMF(国際通貨基金)の支援はあったものの、アイスランドは自力で経済と財政を立て直しを余儀なくされ、税金や公的手数料等が5割増、2倍に上昇。

重い負担に耐えかね、全人口の約3%が国外流出。日本の人口に換算すると約300万人です。その後の厳しい経済環境に国民の不満は高まり、2010年初には金融危機の元凶となった民間銀行幹部の豪邸を暴徒が焼き討ちしました。

2010年9月、金融危機対応を巡る政府の不手際を弾劾するための特別法廷が設置され、2012年4月、同法廷は当時のゲイル・ホルデ首相に有罪判決を下しました。

アイスランドが国民の重い負担によって財政状況を改善し、資本移動規制を解除できたのは2017年3月。規制導入から8年4ヶ月後のことです。

日本の現状は巨額の財政赤字と中央銀行資産の肥大化。これを「問題だ」という意見と「問題ではない」という意見の両論があります。

その点はメルマガ476号(2021年12月14日)で整理しました。前者をTMT(伝統的金融理論)、後者をMMT(現代的金融理論)と称して解説しました(ご興味があればHPからバックナンバーをご覧ください)。

問題かどうかは別にして、ここまで財政赤字と中央銀行資産が膨脹した中でTMT的立場の論者が早急な財政健全化を訴えてみても所詮「絵に描いた餅」。

一方、MMT信奉者の「国債はいくら発行しても大丈夫」という主張も、壮大な社会実験。財政崩壊しないことを誰も保証できません。

したがって、現状を前提として何ができるかを具体的に考え、実践するRMT(現実的金融理論)を推奨しました(これも、ご興味があればHPからご覧ください)。

この一連の内容に関して、今年3月、国会議員の中でMMT信奉者の代表格と言える西田昌司参議院議員のYouTubeチャンネルで対談しました。

僕はRMT的立場ですので、TMT的立場よりはMMT的立場とも議論の接点は見出せる展開でした。これもご興味があれば、西田議員のYouTubeチャンネルでご覧ください。

その中で、西田議員に伝えたことは、仮にMMT的主張(国債が国内消化されている限り発行量に限界はない)が国内的には理解されても、海外が日本の経済や財政の状況に懸念を抱けば、円売り、円安、円暴落という形で危機に発展する可能性はあるということを申し上げ、その点の認識は一致しました(と思っています)。

2.アイスランド以上の悲劇

中央銀行は国の信用の根幹です。中央銀行が巨額の損失を被ったり、自己制御できないBS(バランスシート)の状況になれば、その影響は民間銀行破綻の比ではありません。

近代中央銀行の歴史は約150年です。その歴史の中で、中央銀行が金融政策運営能力を事実上喪失した例はありません。

アイスランドの金融危機の場合でも、中央銀行は健全であったため、政策金利を18%まで引き上げて通貨防衛を試みることができました(しかし、結果は上記のとおり)。

そういう視点から現在の日本の状況、と言うより日本銀行の状況を考えると、非常に深刻な事態に陥っています。

日銀のBSをみると、6月10日現在の資産は739兆円に達しています。うち国債は541兆円です。

中央銀行の国債引受は法律で禁じられているため、金融市場から購入する格好をとっていますが、要するに事実上の国債引受であり、所謂「財政ファイナンス」です。

こうした異常な状況で日銀が金利引上げできるかどうかを考えてみます。同じように保有資産が膨脹している中で、米Fed(連邦準備銀行)は2015年末から2019年にかけて金利引上げを実施しました。

今そうするべきだと言っているのではありません。それが可能であるか否かの検証です。

現在の日銀と当時のFedでは大きく異なる事情が存在します。保有している国債の利回りの違いです。

黒田総裁が「異次元緩和」と称する異常な金融緩和政策の下で買い入れてきた国債の利回りは極端に低いということです。

政策金利の引上げは、バランスシートの負債サイドに計上されている当座預金(金融機関が預け入れている資金)への付利水準引上げを意味します。

つまり、日銀が取引先金融機関(当座預金の保有者)に支払う金利が増嵩し、負債サイドの利回りが資産サイドの利回り(極端に低い保有国債の利回り)を上回り、「逆鞘」になってしまいます。

今年3月期(令和3年度)の日銀決算をみると、国債の加重平均利回りは0.211%、他の資産も含めた資産全体では0.169%です。

この数字は、日銀が金利を0.2%引上げると資産全体の利回りを上回り、「逆鞘」に転じることを意味します。

6月10日現在の当座預金残高は539兆円です。仮に金利を1.2%引上げた場合、逆鞘幅は約1%ポイントとなり、年間で5.39兆円の損失を出すことになります。

これに対して日銀の自己資本(資本金、準備金、引当金勘定の合計)は現在11.1兆円しかありません。その状況を2年続けると債務超過になります。

現在はゼロ金利(±0.25%の変動幅)です。1.2%程度の金利水準を2年程度維持するだけで債務超過に転落するという事実が、「異次元緩和」と「財政ファイナンス」の顛末を示しています。

米FRB(連邦準備制度理事会)は6月15日に0.75%の利上げを決定しました。27年振りの利上げ水準です。今年3回目であり、トータルでは1.75%利上げしました。さらに年内に1.75%の利上げが予想されており、予想どおりになれば年間3.5%の利上げです。

日銀が現在の政策スタンスを維持したままなら、日米金利差の拡大から円安は必至です。しかし、日銀が利上げで対応できるかと言えば、上記のとおり、債務超過の懸念から容易ではありません。

だからと言って断続的な円安を放置し続ければ、結果的に「アイスランドの悲劇」のように通貨安に伴う利上げを余儀なくされるかもしれません。

しかし実際に利上げすれば、中央銀行の債務超過という「アイスランド以上の悲劇」に直面し、単なる円安から日本売りへと事態は深刻化します。

このような解説をしなければならない状況を生み出したのが、黒田総裁による「異次元緩和」と「財政ファイナンス」です。

先日「国民の物価上昇許容度は高まった」という発言で物議を醸し黒田総裁。おそらく「だからインフレ対策も円安対策も必要ない」「利上げは不要」という論理を主張したかったのでしょう。

黒田総裁が国会で薄ら笑いを浮かべながら答弁する姿勢は、国民に対しても、国会に対しても、不誠実で不真面目な印象を拭えません。日銀OBの1人として、情けない限りです。

3.「自縄自縛」と「袋小路」

黒田総裁が「異次元緩和」に着手した2013年4月時点で、国債(10年債)利回りは既に1%台に低下していました。FedやBOE(イングランド銀行)が4%や5%の高利回り下で量的緩和に踏み切ったのとは環境が異なります。

そして「異次元緩和」を自ら長期化させ、自ら「金融抑圧」によって長期金利をゼロ%程度という超低水準に維持し続けてきた結果、巡り巡って自らの資産運用利回り低下につながるという「自縄自縛」の状況に陥っています。

こういう事態は黒田総裁も予測できたでしょう。だからこそ最初は「2倍、2年、2%」という「トリプル2」を謳ったと推察できます。つまり「異次元緩和」は2年間で政策目的を達成して終了するということでした。

ところがほぼ丸10年継続。マネタリーベースは4倍以上。政策転換したくても債務超過が怖くてできない。しかしインフレ、円安が進み、内外金利差は拡大。「袋小路」に入り込んでしまいました。

黒田総裁は就任時の初期判断を誤ったのか、それとも撤退のタイミングを誤ったのか。いずれにしても残り任期は1年を切りました。

仮に債務超過が現実化した場合、対応は2通り考えられます。ひとつは政府が税金によって補填すること。要するに国民の負担(血税)に依存することになります。

もうひとつは、債務超過を生み出す原因を除去すること。つまり、国債等の保有資産を売却してBS規模を縮小すること。つまり出口戦略です。

しかし日銀は、昨年3月19日の「金融政策の点検」においても、2016年9月の「総括的検証」においても債務超過問題や出口戦略には言及しませんでした。

物価目標実現のためには「長短金利操作(YCC)付き量的・質的金融緩和」の継続が適当との「木で鼻をくくった」ような見解を示すばかりです。

戦略と戦術を誤った参謀本部が、戦況を軽視または無視して作戦続行を命令する愚行を彷彿とさせます。

続行すればするほど日銀のBSは膨張し、BSが膨張すればするほど債務超過の懸念は高まります。

仮に日銀の債務超過を税金で補填する展開になった場合、「異次元緩和」という「金融抑圧」によって国が享受してきた利払費抑制という恩恵の「ツケ」を、巡り巡って国民が負担するという構図です。

今年度当初予算に計上された利払い費はわずか8.2兆円。1000兆円以上の国債発行残高に対して8.2兆円ですから、利回りは1%以下ということです。

上述のように仮に1.2%利上げをすれば、利払い費が12兆円増加することになります。予算編成を圧迫し、日銀の損失補填も容易ではありません。

日銀はそういう事態に陥るまで、「異次元緩和」と「財政ファイナンス」の修正に着手しないのでしょうか。いや、着手したくてもできないと見るべきでしょう。

日銀が必要な時に金利引上げができなければ、「円安」「インフレ」「円安」というサイクルが続きます。国内からの資金流出を助長し、「アイスランド危機」のような事態になりかねません。

「自縄自縛」と「袋小路」に陥っているために「金利を上げたくない(上げられない)ので上げない」という不真面目な態度も、金利を上げないでよい論理を説明するために「国民の物価上昇許容度が高まった」という詭弁を弄することも、永久に続けられるわけではありません。

インフレや円安が臨界点を超える段階では、国内からの資金流出が加速し、不真面目な態度も詭弁も続行することができなくなるでしょう。その段階では「アイスランド危機」と同じく、資本移動規制に追い込まれる可能性も否定できません。

その先にあるのは「アイスランド以上の悲劇」です。そうならないために、今できることはRMT。財源捻出と出口戦略と財政健全化を同時に見据えた対応です。

「不都合な真実」に目を向けない日本社会。金融政策や財政状況に止まりません。手品のような解決策はありませんが、まずは様々な実態を正直に説明することが解決の道への第1歩です。(了)