【Vol.482】SWIFTとCIPS

ロシア軍がウクライナ国内の欧州最大規模ザポリージャ原発を攻撃し、占拠。既に常軌を逸していましたが、それを上回る暴挙を表現する言葉がありません。原子炉が被害に遭えば、チェルノブイリ原発の10倍の放射能被害に遭うと報道されています。ロシアを厳しく非難するとともに、戦争の早期終結を祈念します。ウクライナ国民に連帯の意を表します。

1. SWIFT排除

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、3月2日、EU(欧州連合)と米国はロシアの銀行7行をSWIFTから排除することを決定しました。

2014年、ロシアのクリミア侵攻に対して、英国がロシアをSWIFTから切り離すことをEU各国に働きかけた際、ロシアのメドベージェフ首相(当時)は「宣戦布告に等しい」と発言。SWIFT排除が如何に強い制裁措置であるかが覗えます。

しかし、資金規模でロシア2位のVTBバンクは対象にしていますが、最大のズベルバンクは含まれていません。米欧側が微妙な配慮をしていることには当然背景があります(後述)。因みに、2行の保有資産はロシアの金融機関全体の5割以上を占めます。

SWIFTとは「Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication」の略です。国際銀行間金融通信協会と訳されますが、銀行間国際送金のためのデータ通信システムを運営する協同組合です。

電子メールのような「メッセージ(支払指図情報)」を送り合う仕組みであり、貿易決済、投資、資金調達、送金等に標準的に利用されている金融インフラですが、実際の資金決済を行うものではありません。1973年発足、本部はベルギーの首都ブリュッセル郊外の森林保護区ラ・フルプにあります。

現在、200ヶ国以上の約1万1千の銀行、証券会社、証券取引所、その他金融機関が参加しており、1日の平均電文件数(つまり決済件数)は約4000万件、決済額は5兆ドル超。世界中の高額資金決済の約半分がSWIFTを利用していると推定されます。

参加のための出資ルールはシンプルです。送付した電文件数(つまり決済件数)に応じて出資します。つまり、たくさん利用するほど出資額が大きくなります。

日本には1981年に接続されました。現在、約200の銀行等が参加していますが、国内の決済システムや決済ネットワークとはセキュリティ上の観点から直接接続はしていません。

筆者が勤務していた日本銀行もSWIFTに参加しており、各国中央銀行が相互に保有している口座(中央銀行預り金)間決済指示に利用しています。資金決済の背景取引は、通貨スワップ取引、為替介入決済、国債取引等です。

SWIFTはもともと欧州の銀行間システムとして始まりました。やがて域外にも接続され、米国や日本等では国内金融ネットワークが構築済であったため、外為が関わる資金取引等に利用されるようになりました。

SWIFTはベルギーとEUの法制下にありますが、米ドル決済が中心のため、第三国間決済でも米国経由で送金されることから、事実上米国の強い影響下にあります。そのため、米国の意向でSWIFTが経済制裁の手段として活用されています。

参加銀行を特定している「SWIFTコード」正確には「BIC(Bank Identification Code:口座番号のようなもの)」の設定によって、排除や送金停止等の対応が容易にできます。

SWIFTを利用できなくなると、当該国、当該銀行は海外との送金や決済が極めて難しくなり、貿易や投資行動が制約され、大きな打撃を受けます。

SWIFTは2001年の「9.11」の際に米国FBIの捜査に全面協力したほか、過去、北朝鮮、イラン、ベネズエラ等に対する経済制裁に活用されています。

2012年、イランを排除した際には、同国GDP(国内総生産)成長率がマイナス7.4%になるなど、深刻な景気低迷に陥りました。

当初から米英両国がロシアのSWIFT排除に積極的でしたが、ロシアや中国と経済関係が深いドイツが難色を示していました。

しかしドイツは、運用開始間近であったロシアからのLNGパイプライン「ノルドストリーム2」の承認作業を停止するとともに、最終的にSWIFT排除にも賛同。ドイツが賛同に回ったことが、欧州諸国の判断を後押ししていますが、それでも上述のとおり、一定の配慮(ズベルバンクを除く等)がなされています。

既にロシアの銀行で預金者がATMに並ぶ等の混乱が生じています。輸出入の決済困難化、それに伴う経済貿易活動への打撃、他国の金融市場へのアクセス困難化、その結果としてのドル・ユーロ等外貨の調達難、海外での投資や資金調達、海外送金等の困難化、これら全てが影響してのルーブル暴落、それに伴うロシア通貨危機、そして国家破綻。こうした展開が米国の狙いです。

2.中国CIPS

ロシアの銀行のSWIFT排除の対象は7行に限定されているため、その他の銀行は利用可能です。電話やファックス、電子メール等、他の手段でSWIFT伝送システムを代替することもできますが、圧倒的に非効率であり、取引コストも嵩み、経済活動は停滞する可能性が高いと言えます。

しかし、SWIFT排除からなぜ最大銀行ズベルバンクを除いたのか。それは、ロシアへの経済制裁は米欧日諸国にも余波が及ぶためです。ブーメラン効果と言っていいでしょう。

ロシアは資源輸出国です。米欧日各国は、ロシアからの資源輸出が滞れば自分たちも困ります。ロシアからの石炭、石油、LNG、パラジウム等のエネルギー鉱物資源のほか、小麦等の食料輸出も影響を受けます。例えば、パラジウムは自動車産業に必須の資源です。

供給不足、調達難となれば、価格が上がります。エネルギー資源や穀物の価格が高騰すれば、昨年来の物価上昇傾向が顕著になり、インフレ加速につながります。

ロシアが報復制裁として意図的にエネルギー資源等輸出を拒絶する可能性もあります。欧州各国のLNGロシア依存度は高く、報復制裁が現実化すると大打撃です。

国連安保理のロシア制裁決議はロシアの拒否権発動で成立しませんでしたが、その際、中国、インド、サウジアラビアは棄権しました。サウジアラビアはロシアと連携して石油の需給調整機能を担っています。今後、サウジアラビアはロシアと協調路線を取るかもしれません。

ロシアと中国の間にもLNGパイプラインが開通しています。中国はロシアからのLNG輸入を増やし、経済制裁対策に協力するでしょう。

欧州諸国にとって、ロシア産の石油やLNGの代替供給国を見つけることは容易ではありません。関係各国間の相互融通が必要です。最近、アジア等から欧州に向かうLNGタンカーが増えているのは、日本等が自国輸入分を欧州に融通している結果です。

ロシアを輸出先とする国や企業にも痛手です。ロシアにとってオランダとドイツは2番目と3番目の輸入相手国。両国にとっては輸出が減ることになります。

SWIFT排除に対するロシア側の対抗策も複数あります。上述のとおり、他の手段で決済メッセージを送ったり、ロシアの他の銀行を利用することもそのひとつです。

さらにSWIFTの代替システムを使うのも一案。具体的には中国のCIPS(Cross Border Inter-bank Payments System)と呼ばれる人民元の国際銀行間決済システムです。

中国人民銀行は2015年にCIPSを導入しました。顧客送金およびインターバンク決済ができ、1行1接続、集中決済、RTGS方式を採用しています。

CIPS参加先はスタート時の約200から最新データでは世界100ヶ国以上、1288に増加。つまりSWIFT排除されても、CIPS利用による中国元建てで制裁回避ができます。しかもSWIFTと違って、CIPSはメッセージ伝送だけでなく、資金決済も行えます。

ロシア、トルコ等、過去において米国が経済制裁の対象とした国々の銀行がCIPSに多く参加しています。

また、「一帯一路」参加国等、中国がインフラ事業や資源開発で関係を強めている国々の銀行も多数含まれています。マレーシア等のアジア諸国と、南アフリカ、ケニア等のアフリカ諸国の銀行です。

しかし、国別での第1位は隣国である日本。第2位がロシア、第3位が台湾と聞き及びます。日本勢では、メガバンク3行の中国法人が直接参加行となり、その接続先として間接参加行が約30。直接参加行は、直接中国人民銀行と決済することができます。

直接参加行はCIPS内に専用口座を有し、直接CIPSにアクセスします。間接参加行は直接参加行を通じてCIPSに参加します。

中国は人民元建ての投資や貿易決済にCIPSを使うよう促しており、CIPSを使う取引は拡大傾向が続くでしょう。

世界の金融取引における米国支配を逃れるために、中国は人民元の国際化と独自の国際決済システムCIPS普及に腐心しています。

3.ロシアSPFSと欧州INSTEX

ロシアもSWIFT排除に備えて独自の国際決済システムSPFSを中国CIPSより1年早い2014年に稼働済みです。英語ではSystem for Transfer of Financial Messagesと呼ばれています。

現状、加盟銀行はロシアの銀行を中心に約500。主要な国内銀行、ロシア進出主要外銀も未参加で、海外からSPFSに接続しているのは23行(2020年末時点)に過ぎませんが、ドイツとスイスの銀行は入っています。

現状ではシステム稼働時間が平日勤務時間内に限定され、メッセージ容量も20キロバイトが上限。365日24時間稼働のSWIFTとは比べるべくもありません。

しかし、中国とロシアはCIPSとSPFSの連携で合意しています。もちろん、その背景は米国との覇権争いです。

国際資金決済の半分はドル建てです。ロシア企業と中国企業の取引もルーブルと人民元の間で一度ドルに交換されて資金決済されます。そして、その間にSWIFTが介在します。

その結果、SWIFTあるいは米銀を通じて、米国政府は世界の資金決済、資金の流れの過半の情報を把握可能です。これは、米国と対立する中露にとっては脅威です。

トランプ政権下の2018年、米国はイラン核合意から離脱し、経済制裁再強化に着手。SWIFTと欧州諸国に対してイランの銀行排除を要求しました。

11月、米国の対イラン経済制裁発動の当日、SWIFTも複数のイランの銀行を遮断すると発表。欧州諸国は本音ではイランとの原油取引継続を望んでいましたが、自らが米国によってSWIFT排除の対象になることを警戒し、制裁に同調しました。

その際、ドイツ主導で欧州独自の国際決済システム構築を模索する動きが始まりました。イランとECB(欧州中央銀行)間をシステム接続し、ユーロ取引でイランの国際決済を支援し、国際的孤立を回避させるためです。米国の制裁を破ることを回避するための非SWIFT取引網とも言えます。

2019年、独仏英が中心となってINSTEX(Instrument in Support of Trade Exchanges)を設立。2020年、最初のINSTEX取引としてイランのコロナ対策用医療機器輸入決済が行われました。

EU全加盟国が接続できますが、2021年7月時点の加盟国は英独仏を含む10ヶ国。また、INSTEXにはロシアと中国が協力を申し出ています。

このように、欧州諸国も米国によるSWIFT支配、及び経済制裁への同調強要を問題視しています。

さらに仮想通貨(暗号資産)を使ってSWIFT排除対策を講じる途もあります。仮想通貨決済はロシアの得意技。その延長線上には2020年10月にロシア中央銀行によって承認されたデジタルルーブルがあります。デジタルルーブルはクリミアでテスト中と聞きます。

ロシアと同様に中国のデジタル人民元導入も加速。中国は人民元とCIPSを普及させることを企図しています。デジタル人民元にはブロックチェーン技術が用いられることから、SWIFTとは無縁の存在となります。

将来、仮に中国が米国によるSWIFT排除の対象となっても、制裁回避ができるインフラ構築を目指していると言えます。

ECB(欧州中央銀行)でも中銀デジタル通貨、すなわちデジタルユーロの議論が始まっています。リブラやデジタル人民元への対抗ばかりでなく、米国の国際決済覇権への挑戦という側面もあります。

逆に米国にとっては、リブラも中銀デジタル通貨も米国の経済覇権、ひいては安全保障上の脅威です。

米国自ら中銀デジタル通貨、すなわちデジタルドルを発行すれば、それが現在の米国の国際決済覇権を揺るがすというジレンマに直面しています。米国当局が頑なに中銀デジタル通貨発行を否定する背景には、こうした複雑な構図があります。

現状においては、国際金融市場における人民元のシェアやCIPSの決済量に鑑み、CIPSがSWIFTを代替することは困難です。

しかし、ロシアに対する経済制裁が長く続いた場合、ドルやユーロなしにエネルギー資源を取引するインセンティブが高まります。そうなると、潜在的なドル離れ、米国の金融覇権力低下につながります。

中国はロシアに対する経済制裁の成行きを凝視しています。中国が台湾に軍事行動を起こした場合等に備え、何が起きるかを検証していると言えます。(了)