今年もあと4日です。コロナ禍に終始した1年でしたが、東京五輪や大リーグ大谷翔平選手の活躍もありました。一般人が民間企業によって宇宙に行く時代にもなりました。米国では新大統領、日本では新首相が就任。欧州では長年盟主を務めたメルケル独首相が退任。振り返ってみれば、いろいろありました。来年は良い年になれば嬉しいですが、経済的には不安材料に事欠かない状況です。今年最後のメルマガは経済の話題と年末恒例の干支の話をお送りします。
1.嵐の前の静けさ
コロナ禍発生以来、丸2年が経過。経済停滞に伴って当初は物価も下落気味でしたが、ここにきて日米欧で物価上昇が顕著になっています。
消費者物価指数前年比(総合ベース)では、日本は9月に1年振りにプラスに転じ、10月もプラス。ボトムは昨年12月のマイナス1.2。米国は昨年5月の0.1がボトム、11月は6.8。ユーロ圏は昨年9月から12月がマイナス0.3でボトム、10月は4.1です。
企業物価はもっと顕著です。日本は昨年5月にマイナス2.7、米国は4月マイナス5.2、欧州5月マイナス4.2と皆下落していましたが、直近では欧州17.2(10月)、日本9.0、米国14.9(いずれも11月)と著しい上昇を示しています。
「高インフレが持続するリスクは明らかに高まっている」。12月1日、FRB(米連邦準備理事会)パウエル議長は議会でそう発言し、来年はテーパリング(量的緩和の縮小)加速が必要との認識を示しました。
主要国における物価上昇の要因は3つ。第1はコロナ禍で激減した需要が回復し、人手不足、貨物船逼迫等による物流停滞、供給不足が発生していること。第2は原油等の資源価格高騰。第3は金融緩和による過剰マネー。第2、第3の要因は連動しています。
物価上昇の先頭を走る米国では、企業利益率は過去最高、株価も史上最高値圏、賃金も上昇。企業はインフレによるコスト高を価格転嫁し、消費者も抵抗なく受け入れています。つまり、物価が上昇しても、賃金上昇がそれを吸収しています。
賃金が上がらない日本では企業は価格転嫁に慎重です。物価が3%から4%上がると、購買力は一気に下がるでしょう。インフレ経済が回るには賃上げが必要であり、それが首相による3%賃上げ要請につながっています。
日本は1970年代にオイルショックを経験しています。しかし、当時は円高基調にあったため、原油関連以外の全てが値上がりしたわけではありません。
ところが今は円安基調。来年、インフレと円安の傾向が顕著になると、日本経済にはダブルショックです。
増える支出、増えない給料。コロナ禍前の水準まで経済が戻るにはまだ時間がかかります。その中でインフレが進んだ場合、スタグフレーション的状況になることが懸念されます。
そのタイミングは、資源高、円安に伴う輸入コスト高に窮した企業が価格転嫁を始めた瞬間です。一気に表面化すると思います。
12月2日に行われたOPEC(石油輸出国機構)の会合では、需要増に見合った増産を見送り、原油高に拍車をかけています。
米国はこれを抑え込もうと石油備蓄放出を各国に呼びかけ、日本も協調姿勢を示しましたが、原油市場の規模は大きく、石油備蓄放出程度では価格に与える影響は軽微です。
日銀が発表する企業物価指数の「素原材料」を見ると、前年同月比で63%も上昇。企業物価は既に激しいインフレ状態と言っても過言ではありません。
CPI(消費者物価)は今なお前年比同月比わずかなプラス水準にとどまっていますが、これは「嵐の前の静けさ」のような気がします。
日本の消費者は物価上昇に敏感であり、企業が価格転嫁に踏み切れない状況を反映しています。したがって、上記のように企業の価格転嫁が始まると事態は激変するでしょう。
「嵐」は、給料が上がらない日本を待つ「最悪の状況」。給料低迷、物価上昇、円安、そして原油高。四重苦です。これを回避するには、給料が上がること、経済が成長すること以外にありません。
根拠のない楽観論に引きこもりがちな日本社会の体質ですが、「想定外」という言い訳が様々な困難の原因であることは周知のとおり。あえて「最悪の事態」を想定しておきます。
世界的に著しいインフレになれば、長期金利は急騰。日銀による人為的な長期金利低位安定策も効果を失い、日本国債は暴落。
約500兆円の国債を保有する日銀に天文学的な評価損が発生し、日本は瞬く間に債務超過に陥り、円は紙屑同然に下落。国家経済は事実上破綻します。
給料低迷、物価上昇、円安、原油高、金利高の五重苦となれば、当然株価も下落します。六重苦です。そうならないように、国会内外での議論や職務に精励します。
2.本当の実力
円安傾向の背景に潜む構造変化も気になります。実質実効為替レートが50年ぶりの円安水準になっているという事実です。
実質実効為替レートはこのメルマガでも何度も取り上げてきました。要するに円の「本当の実力」です。新聞やテレビのニュースは円ドル相場(名目レート)中心の報道なので、円の「本当の実力」はわかりません。
貿易は米国だけとしているわけではありません。相手国によって貿易量にも差があります。国によって物価や金利水準も異なります。
そうした要素を加味して算出するのが実質実効為替レートです。僕自身、日銀時代にその算出に必要なデータを計算し、報告する仕事もしていました。
その実質実効為替レートが1970年頃と同じ水準の円安になっています。総じて言えば、1970年から1995年の25年間は円高、1995年から今日までの約25年間は円安が進みました。そして現在は1970年頃並みというジェットコースターのような動きです。
前半の25年間を振り返ると1980年代前半までは比較的落ち着いていましたが、1980年代後半と1990年代前半に急激な円高が進行。
前者は、米国の経常赤字やドル高是正を目的とした1985年プラザ合意に基づき、主要国がドル売り協調介入を行った局面です。1ドル240 円から120 円まで円高が進みました。
後者は1993 年以降、クリントン政権下で日本の対外市場開放を巡って日米通商摩擦が激化し、円高圧力がかかった局面です。
そして実質実効為替レートは1995年に円高ピークを迎え、以後円安に転じて今日に至ります。その背景を分析するうえで、ちょっと専門的ですが、実質実効為替レート算出方法の基準に相対的購買力平価と絶対的購買力平価の2つがあることに留意が必要です。
前者は物価指数の比率を使用して算出。基準時点の選び方によって水準が上下するため、為替レートの傾向を知るうえでは有用ですが「本当の実力」はわかりません。
後者はGDP構成品目の価格を調査して算出。OECD(経済協力開発機構)はこの手法で主要国の実質実効為替レートを算出して発表しています。
その際、OECDは絶対的購買力平価においては人件費(給料)水準の違いに留意が必要と指摘しています。その点が日本の実質実効為替レートの動きと関係しています。
OECDの指摘を踏まえて考えると、1995 年に至る円高局面で円は大幅な過大評価となっていたことから、日本の賃金水準も過大評価されていたことがわかります。
米英独仏に比べて日本の給料の方が高いと言われた時代ですが、それはドルベースで比較した円高効果。購買力の観点から見た日本の給料はそれほど高くなかったはずです。
1995 年以降の円安傾向は過大評価が調整されている局面です。しかし、150円以上の円安に戻ることはなく、せいぜい120円前後まで。大半の時期はそれより円高であり、1995年以降の名目レートは総じて高止まり(円高水準)を継続してきました。
その結果、1995年以降においても日本の給料の円高効果(実際の購買力以上に給料が高水準と評価される効果)が残る一方で、その間に英米独仏のみならず、その他欧州諸国や英連邦諸国、さらには中国、韓国も経済成長に伴って給料が上がり、日本の給料水準の相対的低さが徐々に際立ってきました。
そして、とうとう韓国よりも給料が低いという事態を露呈。日本経済の改革が進まずに輸出依存体質が温存される中、名目レートも高止まりしたため、その構造はデフレ圧力につながりました。
日本のデフレが始まったのは1998年からです。デフレの原因は単純ではありませんが、上記の構造も影響したことは間違いありません。給料が上がらないから、物価も上がらない。
では物価が上がれば給料が上がるのか。2022年はそうはならない予感がしますが、そうなればスタグフレーション的状況が現実的になってきます。
2021年の円ドル相場は、年初につけた102円台から11月には115円台半ばになり、ドル高円安が進行。来年も円安が進めば、輸入インフレと日本の給料のドルベースでの世界的劣後は一層顕著になります。「貧しい国」という印象が強くなるでしょう。
コロナ禍からの世界経済回復、感染抑制策に伴う供給制約等からインフレ圧力が強まると思います。この実体的インフレと円安で日本国内の物価上昇が加速します。
主要国で金融緩和を転換する動きが広がっていますが、日本は依然として超金融緩和を継続する方針。金融政策の方向感の違いも円安材料になるでしょう。
実質的購買力で見た日本の給料が低い実情を解決しないと、来年のインフレ、円安は実質所得を低下させ、消費減退、景気悪化に直結します。
3.苛政は虎よりも猛し
経済の先行きは不安ですが、年末ですから毎年恒例の干支(えと)の話で締めます。干支は十干十二支(じっかんじゅうにし)の組み合わせで決まります。
十干は「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」、十二支は「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」。したがって、「十」と「十二」の最小公倍数の「六十」でひと回り。六十歳になると自分が生まれた年の干支に戻るので「還暦」と言います。
干支は十干の「甲」と十二支の「子」の組み合わせである「甲子」がスタート。現在は1984年の「甲子」から始まった60年循環の中にあります。その60年前、1924年の「甲子」の年に建設されたのが甲子園球場です。
2022年の干支は「壬寅(みずのえとら)」。干支の組み合わせの39番目です。
「壬」は9番目。植物の成長過程に喩えられる干支の表現では、樹木から落下した種子の内部に新しい命が宿っている状態。次へと繋ぐものを育んでいます。妊婦さんの「妊」の字もこの「壬」に通じます。
「寅」の漢字の由来は「引く」「伸ばす」と同じニュアンス。草木が伸びていく様を表した漢字であり、天に向かって逞しく伸びる草木の姿は「寅」の勢いに通じます。
また、干支は「陰」「陽」の2つ、及び「木」「火」「土」「金」「水」の5つの性質との関連で様々な解説がなされます。陰陽五行説(陰陽思想及び五行思想)です。
水は木を育み、木は火の元となり、火は土を作り、土は金を含み、金が再び水を生む。「五行」の組み合わせにより「相生」「比和」「相剋」「相侮」「相乗」に分類され、相互に強め合ったり、弱め合ったりします。
陰陽五行では、十干の「壬」は「陽の水」、十二支の「寅」は「陽の木」で「相生」です。水の「壬」は木の「寅」を育み強化してくれる関係です。
「壬寅」は、「壬」が新しい命を孕み、「寅」が命を胎動させる意味をなし、潜在的な意思や力が一気に発動する様を表します。
干支では何やら良い話ばかりですが、経済の現状を考えると不安ですねぇ。最後に、これまた毎年恒例の「寅(虎)」に関わる諺(ことわざ)をご紹介します。
「騎虎(きこ)の勢い」とは、勢いや弾みがつくと途中では止められないことを指す喩え。インフレ、円安、金利上昇が「騎虎の勢い」では困ります。
「苛政(かせい)は虎よりも猛し(たけし)」は、悪政が人々に与える害は虎よりも恐ろしいという喩え。過酷な政治のこと。中国の泰山麓で家族を虎に食われて泣いていた婦人に「何故この国を出て行かないのか」と尋ねると「苛政がないからだ」と答えたという故事から生まれました。給料が上がらない経済はまさしく「苛政」です。
「虎の子」は非常に大切なものの喩え。社会の「虎が子」はまさしく若い世代、子供たち。「虎の子」を守るためにも「苛政」を改めることが2022年の最重要課題です。
「虎口を脱する」は危険な状態から逃れる喩え。給料低迷、物価上昇、円安、原油高、金利高、株価下落、経済破綻はいずれも「虎口」。2022年は「虎口」を脱する善政が必要です。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」は、危険なことをしなければ大きな成功は得られないという喩え。「お札を刷れば全て解決する」という元首相の主張は「虎口」を脱するための「虎穴」ではなく、底のない「闇穴」にすぎません。
「三人、市虎を成す」は、事実無根の風説も多くの人が同じことを言えば信じられるようになる喩え。「お札を刷れば全て解決する」という元首相の言説はその臭いがします。
あまりの愚策は経済の神様の「虎の尾を踏む」ことになります。経済を手品のように好転させる「虎の巻」はありません。給料を上げること、次世代を育てること、新しい産業や企業を育むことが王道です。
王道を進まずに「三人、市政を成す」ような言説に頼ることは「虎を野に放つ」かの如し。如何に元首相が強弁しようとももはや「張子の虎」です。
「暴虎馮河の勇(ぼうこひょうがのゆう)」は無鉄砲なことをする喩え。「暴虎」は素手で虎を討つこと、「馮河」は大河を徒歩で渡ること。「お金を刷れば解決する」との言説に頼る政策は「暴虎馮河の勇」が如し。
それでは皆さん、良い年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。(了)