【Vol.476】MMTとTMTとRMT

臨時国会で大型補正予算の審議中ですが、財源調達は日銀による事実上の財政ファイナンスに依存せざるをえない状況です。11月末の日銀総資産対名目GDP比は過去最悪の135%に達しています。今から9年前、第2次安倍政権発足直前の2012年11月末の同比率は25%でしたので、実に5.4倍。財政状況、及び日銀の信頼性がますます議論になると思いますが、議論しているうちに市場の洗礼を浴びないことを祈ります。某自民党議員やエコノミストから「財政論争について意見を聞かせてほしい」と依頼を受けましたので、メルマガ上で認識を整理します。ご参考になれば幸いです。

1.新「二兎論争」

12月7日、財政運営に関する自民党の2つの会合が開催されました。報道内容及び親しい自民党議員から聞いた話を整理すると以下のとおりです。

ひとつは「財政健全化推進本部」。最高顧問は麻生前財務大臣・元総理。もうひとつは「財政政策検討本部」。最高顧問は安倍元総理。前者は財政健全化を目指し、後者は財政拡大を求める会合のようです。

前者についても、前身の会合名には「再建」という文字が入っていましたが、「再建」が削られて「健全化」になったことから、以前とは少しスタンスが変わったという印象です。

後者の会合では安倍元総理が現在の日本の経済状況を良好と評価し、「今まで積極的な財政出動を行った成果である」と発言したと報じられています。

この会合の事務局長は西田昌司参議院議員。西田議員とは僕も親しい関係ですが、西田議員はMMT派。MMTは現代金融理論(Modern Monetary Theory)の頭文字です。

提唱者は米ニューヨーク州立大学ステファニー・ケルトン教授。ケルトン教授は2016年大統領選で民主党サンダース候補の顧問を務め、MMTが脚光を浴びました。

独自通貨を有する国は通貨を限度なく発行できるため、デフォルト(債務不履行)にはならない。インフレにならない限り、財政赤字は気にしなくてよい、国債はいくら発行してもよいとする理論です。つまり借金は紙幣を刷って返済できるという考え方です。

こうした考えに基づいて積極財政を求める意見が自民党内で強まっています。もちろん、国民の中にも同様の主張が以前より拡大している印象です。

MMT派では、基礎的財政収支PB(プライマリーバランス<Primary Balance>)目標を撤廃することも議論されています。

PBとは、社会保障、公共事業、防衛など、毎年の政策に必要な支出を毎年の収入(税収等)でどれだけ賄えているかを示す指標です。長年、財政健全化の目安とされてきました。

PB黒字化を提唱したのは小泉政権のブレーンだった竹中平蔵氏。小泉政権は2011年度黒字化を目標に掲げましたが、麻生政権はリーマン・ショック後の景気回復を優先して目標を2019年度に先送り。

その後の民主党政権でも2020年度に1年延ばされた後、安倍政権下でさらに2025年度に先送り。結局、一度も目標は達成されることなく今日に至っています。

現在、国と地方を合わせた債務残高は約1200兆円。こうした中で10月、財務省事務次官が月刊誌に寄稿し、現在の与野党の主張を「バラマキ」と断じて物議を醸しました。

MMT派つまり「財政政策検討本部」の会合では、財務次官寄稿は間違いであり、誤った財政目標のために景気が悪い時に消費増税を行い、悪循環に陥ったと結論づけました。

PB目標の見直しも視野に入れている西田議員は席上、次のように発言したと報じられています。以下、報道及び記者から入手した書き起こしメモのママです。

「財政は国債発行したからといって、破綻するという財務省の論理は正しくない。むしろ、それが社会の不安を作っている。自国建て通貨で出している以上、絶対に破綻しない。ただ、未来永劫いいのかというと、ある種の財政規律をもってやらないとインフレになって、大変なことになってくることは当然ありうるであろうと。ただ、その今、インフレですかという話だから。インフレの心配をして財政出動を止める話には誰が考えてもならない」

ここで、中ほどの部分に要注目です。曰く「未来永劫いいのかというと、ある種の財政規律をもってやらないとインフレになって、大変なことになってくることは当然ありうる」。

MMT肯定論のような結論部分だけが西田議員の発言として報道されることが多いですが、中ほどの部分をよく聞くと、MMT肯定論ではないような気がします。

故小渕首相の時代に「二兎論争」がありました。財政再建と経済成長を二匹の兎に喩え、どちらの兎を追うか、両方追うか、あるいは「二兎を追う者は一兎を獲ず」の諺(ことわざ)どおりなのか。

今回は新「二兎論争」の様相を呈しています。以下、対比のために、財政健全化を追求する考え方をTMT(Traditional Monetary Theory)、伝統的金融理論と記します。

2.日銀トレード

MMT派の主張の根拠は主に3点です。第1は、国は負債だけではなく資産も有しており、純資産(資産マイナス負債)で考えることが必要と主張します。

そのうえで、日本の純資産はゼロ近傍(負債と資産がほぼ同額)なので問題ないと結論づけています。

第2は、日銀が国債を買い続けることができる(事実上の引き受けができる)ため、政府は日銀に紙幣を印刷させれば財政は回り続けるという論拠です。

いわゆる「統合政府論(アマルガメーション・アプローチ)」であり、ケルトン教授の主張とほぼ同じ理屈です。

第3は、財政健全化は度々先送りされ、かつ財政赤字は拡大しているものの、現に何も起きていない、インフレも発生していない、だから大丈夫だという論拠です。ケルトン教授も自身の主張の正当性の根拠として日本の状況を挙げています。

一方、TMT派は上記の3点に関してそれぞれ次のように主張しています。

第1に、国の資産と言っても、実際にそれを購入する人がいなければ資産としての価値も意味もないとします。

また純資産がゼロ近傍だから「大丈夫」なのではなく、ゼロ近傍だから「大丈夫ではない」という真逆の判断です。

第2に、日銀が国債を買い続けることはできないと主張します。日銀がYCC(イールド・カーブ・コントロール)と称して長期金利を政策的に低位固定化せざるを得なくなっていることが、市場の国債消化能力が限界に達しつつあることの証左と指摘しています。

日銀がYCCを止めると、国が民間金融機関に市場経由で国債を発行し、それを日銀が市場から取得するという「日銀トレード」ができなくなるとしています。

「日銀トレード」ができなくなれば、日銀はまさしく国債を直接引き受けするしかありません。その場合、投資家は国債売却、円売り、つれて日本株売りという悪循環に陥ります。つまり、債券安、円安、株安のトリプル安です。

第3に、上記第2の状況に至って急激な円安が生じると、輸入物価高を含め、制御できないインフレが発生すると主張します。

そのうえで、上記第2、第3の状況が現実化した場合、政府はその流れを止めるために財政再建策を発表しないと市場も投資家も「日本売り」を止められないと考えます。

その結果、結局は伝統的な理論通りに財政再建策を発表することとなり、それはTMTが妥当であることの証左とします。

さて、ここでMMT派とTMT派の間で認識が異なるもうひとつの論点が浮上します。

それは「日本国債は大半が国内消化されている(つまり国内投資家、国民が保有している)ので心配はない」というMMT派の主張の是非です。

その根拠のひとつの事例が2009年に発生したギリシャ危機。ギリシャの財政赤字が問題となった際、ギリシャ国債は大半が英独仏等の欧州諸国が保有していたため、ギリシャは財政破綻に追い込まれたという見方です。

この見方は、日本国債は国内消化が中心のため、ギリシャのように外国の圧力に屈することはないという認識と表裏一体です。

TMT派は真逆の見方をします。つまり、ギリシャが破綻すれば国債保有者(英独仏等)も損失を被るため、それを回避するために欧州諸国はギリシャを救済するために財政再建策を受け入れさせたと指摘します。

この認識に立てば、日本国債のように国内保有が大半の場合、日銀による国債直接引き受けのような事態が到来すると、市場参加者は少しでも早く円建て資産を処分しようとし、債券、為替、株は投げ売りの修羅場が来ると考えます。

英独仏等がギリシャに財政再建策を受け入れさせたような対応をすることなく、自らが損をしないように、瞬時に市場での「日本売り」に走るという見方です。

これだけ真逆の主張ですから、いくら議論してもMMT派とTMT派の主張の優劣について結論が出るはずがありません。

3.MMTとTMTとRMT

そこで、上述の西田議員の発言の中ほどの部分が重要になってきます。再述します。曰く「未来永劫いいのかというと、ある種の財政規律をもってやらないとインフレになって、大変なことになってくることは当然ありうる」。

自身の考え方を整理すると、以下のとおりです。第1に、財政状況が「悪い」よりは「良い」方が望ましいことには誰もが賛同すると思います。

第2に、だからと言って、財務次官寄稿のような内容を今すぐ実行できるはずはありません。経済状況を悪くしても財政状況を改善するという対応は本末転倒です。この論理にも多くの人が合意できると思います。

第3に、とは言え、日本は純資産がゼロ近傍だから「大丈夫」か「大丈夫ではない」かは、後者に分があります。

IMFの最新統計(財政モニター<2018年10月>掲載の2016年時点データ)では、日本の資産に占める金融資産の割合は47.1%。残り52.9%は非金融資産です。

橋や道路、山林等の非金融資産は、誰かが購入してくれないと資産価値はありません。国民が購入するとも思えず、だからと言って諸外国(中国等)に売却する訳にもいきません。

そもそもゼロ近傍では「大丈夫ではない」と言えますが、仮に「大丈夫」と仮定しても、市場価値が保障されている金融資産は半分弱に過ぎず、実質的にはゼロ近傍ではありません。

第4に、以上を踏まえると、この局面では財政出動、積極財政を維持できるような工夫をしつつ、一方では異常な金融緩和による財政ファイナンスを是正する意思表示、市場に対するメッセージを発することが必要です。

そこで、最近主張している具体策のポイントは以下の2点です。今後、国会等で議論していきます。

第1に、日銀保有国債の一部を永久国債化することで積極財政のための財源確保を図ることです。日銀は既に500兆円近い国債を保有していますが、これを全部償還することはできないうえ、そもそもその必要もありません。

日銀も一定量は国債を資産として保有し続ける必要性があることを考えると、その部分は言わば「根雪」のような存在です。

そこで、例えば上記500兆円のうち300兆円分を市場で政府が発行する永久債に入れ替えていくと、政府の元本返済負担はその分減殺されます。

そこで確保した財源で、人材育成、企業支援、技術革新等に時限的、集中的に投資することで、その後の成長と税収増の歯車を回し始めることを内外に示します。示すだけでなく、実際にやらなくてはなりません。

第2に、異常な金融緩和の象徴であるETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)を保有している状況を徐々に解消します。具体的には、日銀の取引先金融機関(メガバンク等)に日銀保有のETFやREITを相対取引で売却します。

購入者には一定期間(例えば2年程度)の保有義務を課し、その代わりに売却価格は購入者に有利に設定します。市場への影響を回避するための配慮です。

つまり、積極財政、成長戦略、金融政策正常化(出口戦略)の3つに対する姿勢を同時に示すことにより、事態の打開を目指します。

このことは、遠い先には財政健全化も念頭にあることを意思表示することになり、日本の財政に対する市場の潜在的懸念に対応します。

正解のない極論同士のTMTとMMT。財政再建を目指しても、それでは結局財政再建ができないという論理矛盾。

一方、永久に財政拡大策を続けるには、その財源を生み出し続ける成長が必要という現実。この状況をどのようにハンドリングするか、政権の運営手腕が問われています。

現在の状況は、1930年代の「高橋財政」を再現すればデフレを脱却し、経済を成長軌道に乗せられるとした、いわゆる「リフレ派」の政策の結果です。

政策を主導したのは、安倍元首相の後ろ盾になった岩田規久男元日銀副総裁、浜田宏一東大名誉教授などですが、もちろん実践しているのは黒田日銀総裁です。

この時、高橋是清は4度目の蔵相就任でした。また、日銀総裁(1911年から13年)と首相(1910年から11年)も経験しており、首相、蔵相、日銀総裁の3つを務めた人は、歴史上、高橋是清ひとりです。

しかし、このメルマガで何度か指摘したとおり、「リフレ派」は「高橋財政」の捉え方を間違っていると言わざるを得ません。

高橋蔵相は不景気打開のために3年間は積極財政を断行すると公言し、断行。1935年末、約束通り放漫財政を是正する方向に転換。

予算圧縮は軍事費も例外ではなく、軍部と対立。8ヶ月後に「2・26事件」で暗殺され、それ以降の日本は「戦時財政」時代に入りました。

現在の金融緩和の程度は、「高橋財政」時代ではなく、1940年以降の「戦時財政」時代の規模をも上回るものです。

詳しくは、メルマガ378号、464号、468号などをご覧ください。公式ホームページからバックナンバーがご覧になれます。

過日の総選挙では、安倍元首相が街頭演説で「財政は何の心配もない。日銀がお金を刷ればいいだけです」という内容を公言して憚(はばか)らなかったそうです。

「そうだ」と感じた有権者もいたと思いますが、「え、マジですか」と感じた有権者もいたことでしょう。僕は後者です。元首相という立場の政治家の演説内容に危機感を覚えます。

しかし、だからと言って古典的な財政再建策を直ちに追求できる状況ではありません。極論にすがることなく、専門的に政策の隘路を検討します。

あえて命名すれば、RMT(Realistic Monetary Theory)、現実的金融理論を模索します。(了)