さきほど衆議院が解散されました。岸田総理の所信に対して、昨日代表質問をしました。詳しくは議事録をご覧いただきたいと思いますが、世界の技術革新に遅れをとらないように舵取りをすることを強く求めました。宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士は生前、次のシンギュラリティ(非連続な技術革新)は2021年と述べていました。今年です。米国の民間企業が一般人を宇宙に打ち上げる時代になった2021年。技術革新や世界の激変に的確に対処できる経営者や企業、官僚や省庁、そして政治家や政府が必要です。
1.メタバース
今年になってIT業界、ネットビジネスのキーワードに浮上している「メタバース」。仮想空間や仮想世界を提供するサービスを総称する言葉です。
「メタバース」は「超(meta)」と「宇宙(universe)」を組み合わせた造語。SF作家ニール・スティーヴンスンの1992年の作品「スノウ・クラッシュ」に登場する仮想空間サービスにつけられた名前です。
その当時はSFでしたが、約30年が経過し、テクノロジーの進化によって現実化してきました。
携帯電話、ロボット、ネット空間、人工知能(AI)、宇宙ステーション等々、かつてSFに登場した技術は次々と実現。今また新たな潮流となりつつあるのが「メタバース」です。
第1作が1999年の映画「マトリックス」の舞台である「夢の中における世界」も「メタバース」に類似した概念です。
7月末にFacebookザッカーバーグCEOが5年以内に「メタバース」企業に移行するために「メタバース」開発に5000億円以上投資することを宣言し、一気に火がつきました。
さらに8月、Facebookは仮想空間会議サービス「Horizon Workrooms」のβ版(試験版)を発表。従来のVR(仮想現実)の制約をブレークスルーする製品をリリースしました。
詳細は後述しますが、ブレークスルーの鍵のひとつになったのは2014年に買収したOculus(オキュラス)社のゴーグル(VR技術を活用した仮想空間体験用ゴーグル)。遠隔地にいる人とバーチャル会議を行えます。仮想空間に登場する自分のアバター(分身)の言動は自身の言動とリアルに同期します。
「メタバース」という概念を商品化したサービスの走りは2000年代にリリースされた「Second Life」。任天堂ゲーム「あつまれどうぶつの森」も「メタバース」の一種です。
しかし、ここにきてFacebookの「Horizon Workrooms」等の「メタバース」が注目される背景には何点かの要因があります。第1は上述のゴーグル「Oculus Quest」です。
手足や顔にモーションセンサーを装着することで、身振り手ぶり、顔の表情等もアバターに反映できるようになり、まさしく仮想空間の中にいるような感覚を実現。
第2は仮想空間そのものの技術ではなく、その中で行われる経済活動を補完する決済技術の進化。仮想空間内で売買や取引をする場合、現実のお金をやりとりできませんので、それに代わる決済手段が必要です。
NFT(非代替性トークン、Non Fungible Token)というブロックチェーン上に構築されるデジタルデータを駆使した決済技術が仮想空間内で使われ始めたことで、その点をブレークスルーしました。「メタバース」内で授受される、言わば暗号通貨です。
今年4月、仮想空間内のデジタルアート、つまり物理的な実体を持たない芸術作品が約7千万ドル(約75億円)で落札されました。決済はNFTです。
第3は仮想空間サービス自体ではなく、それを取り巻く社会や環境の変化。コロナ禍の影響でZoomに代表されるオンライン会議が普及。その延長線上がWookroomsです。
つまり「メタバース」に対する抵抗感がなくなりつつあります。別次元ではありますが、それ以前のEC(電子商取引)の普及も抵抗感引き下げに寄与しています。
上述の3つの要素のうち、第1の技術進化に関してさらに細かく見ると、4点指摘できます。第1はコントローラー不要となったこと。従来のVRゴーグルは両手のコントローラーで操作しましたが、Workroomsではモーションセンサーが活躍します。
第2にコントローラー不要としたハンドトラッキング技術の進化。アバターの仕草が非常に人間らしく自然なものになりました。
第3に表情を再現するリップシンク技術の進化。自然な口の動きや表情が再現できるようになりました。
第4に方向や距離を再現する空間音声技術の進化。遠くの人の声は遠くに聞こえ、近くの人の声は近くに聞こえる技術です。
Zoom等では複数の会話を同時に成立させるのが困難でしたが、Workrooms内では、現実世界と同様に、周囲の音声や会話は小さく、隣の人との会話は大きく聞こえます。
2.全真互聯網
「メタバース」はバブル状態という指摘もありますが、そうとも言い切れません。SFが夢見てきた技術が現実化し、定着するのか。興味深い局面を迎えています。
「メタバース」は、パソコン、パソコン通信、インターネット、スマホ、SNS等の登場のように、新たな技術普及の節目になる可能性が高いと思います。
技術のステージが変わるタイミングは、企業や産業や国家にとってチャンスであると同時に、取り残されるピンチでもあります。
日本では「中高年用SNS」と揶揄されるFacebookですが、利用者数30億人の巨大サービス。そのFacebookが「メタバース」企業への昇華を目指してリリースした「Horizon Workrooms」の動向には要注目です。
現在のところ、Workroomsはオンライン会議のVR版というべき存在ですが、これが普遍的なコミュニケーションツールになる可能性を感じます。
既に「メタバース」的インフラを提供している企業はFacebookだけではありません。いくつか整理しておきます。
2017年にリリースされ、人気のバトルロワイヤルゲーム「フォートナイト」を運営するEpic Games。「フォートナイト」の登録アカウント数は5億超と聞きます。「メタバース」に進化する可能性は大いにあります。
MicrosoftのMinecraft(マインクラフト)も特筆に値します。マインクラフトは3Dブロックで作られた仮想世界です。Microsoftが「メタバース」事業に進出する際の橋頭保になるでしょう。
米中対立の一方で、今年「メタバース」最大手と称される米ゲームプラットフォームROBLOXが中国に上陸。中国名「羅布楽思」として中国テンセントが国内配信を行っています。ROBLOXの運営会社は3月にNY市場に上場し、時価総額は500億ドル(約5兆円)以上に達しています。
当然、中国企業も併走。TikTokのバイトダンス(字節跳動)は4月、スマホゲーム開発企業「代碼乾坤科技(Code Veiw Technology)」に1億元(約17億円)を出資。SNS機能も有する「メタバース」REWORLD(重啓世界)をリリースしました。
当面の「メタバース」の主戦場はゲームとSNSです。テンセントが出資する次世代SNS「Soul」も「若者が交流するメタバース」と謳い、自分と趣味の合う同年代の友人を見つけて交流する「ソーシャルメタバース」というポジションを狙っています。
テンセントのポニー・マーCEOが提唱する「全真互聯網」というコンセプト。「現実世界の全てがインターネットに接続すること」を意味するそうです。
このように、中国ではバイトダンスとテンセントが「メタバース」参入に奔走していますが、既にゲームとSNSの双方で基盤を築きつつあるテンセントが先行しています。
テンセントはゲーム、SNSだけでなく、映画やライブ配信など数多くの分野に進出し、ほぼオールラウンダーに近づいています。
バイトダンスとテンセントは今年、中国最大手のVR機器メーカー「Pico Technology(小鳥看看科技)」の買収案件で競合。結局、バイトダンスが90億ドル(約1兆円)で獲得しました。
米中だけではありません。韓国通信大手SKテレコムは、7月にメタバース「ifland」を開設。「ifland」によるアバターミーティングは既に韓国の若者の間でかなり広がっていると聞きます。毎日何千もの仮想ルーム(ミーティング場所)が作られ、何万人ものユーザーが参加しているそうです。
これに先立つ5月、韓国政府は「メタバース・アライアンス」を立ち上げ、200以上の企業等が参加。SKテレコムもその1社です。
韓国政府(科学技術情報通信部)は「メタバース」産業において主導的ポジションを獲得することを国家戦略として掲げ、2022年の約605兆ウォン(約58兆円)の予算の中で、DX及び「メタバース」等の新産業育成に約9.3兆ウォン(約9千億円)を計上しています。
6月、韓国サムスンが「メタバース」ファンドを立ち上げ、投資資金が順調に集まっているそうです。7月のFacebookザッカーバーグCEOの「メタバース」企業宣言がそうした動きを後押ししています。
3.MZ世代
さて、日本はどうでしょうか。一部にはコロナ禍により生じた「メタバース」バブルと見る向きもありますが、日本の悪い癖です。
世界に先んじている時は慢心し、世界に劣後し始めると新潮流の否定的材料を探して喧伝します。「メタバース」の今後は未知数ですが、現に動いていることは事実です。
上述のように任天堂の「あつまれどうぶつの森」も「メタバース」の一種。JTBが公開した「JTB島」のような活用の仕方も始まっています。ソニーは上述のEpic Gamesに累計5億ドル近く投資し、「メタバース」追随を視野に入れています。
GREEも子会社REALITYが提供するスマホ向けバーチャルライブ配信アプリを「メタバース」に進化させることを計画。アニメ調アバターを使ったライブ配信は既に人気ですが、利用者の8割以上が海外ユーザーだそうです。
地球上の各地の「3D世界」を公開する予定と聞いていますので、パリやニューヨーク等の町並みの中を自分のアバターが自由に旅行することができそうです。安くて安全な海外旅行です。
「メタバース」が韓国で先行している背景には、住宅価格高騰と所得格差に嫌気したMZ世代が「メタバース」の中に夢を求める傾向も影響しているそうです。
MZ世代とは「ミレニアル世代」と「Z世代」を統合した1981年から2010年代前半生まれの層を指します。
また、コロナ禍の影響で韓国では「非接触経済」という新造語が流行しています。つまり、MZ世代が「非接触経済」を生活空間にしているということです。
現実社会に怒りと限界を感じているMZ世代は「メタバース」を自分たちの生活の一部と捉えているそうです。生まれた時からIT機器に接しているネイティブインターネット世代ならではの社会現象です。
MZ世代での2大「非接触経済」空間は「Decentraland(以下D-Land)」と「Earth2(以下E-2)」です。
2015年末リリースのD-Landの中では、土地等の不動産、服や物品、空間内での名前等をNFTとして購入できます。流通通貨は「MANA」というトークン。今年9月時点の「MANA」の交換レートは1トークン0.8319ドル、時価総額は約15億ドル。
「MANA」は暗号通貨取引所で法定通貨を用いて購入したり、ビットコインやイーサリアムなどの暗号資産と交換することで取得できます。
D-Landのユーザーは仮想世界で土地を購入したり、ビジネスを展開。取引やビジネスが成立すれば、地価も上がるし、ビジネスも発展します。個人のみならず、投資会社や通信会社、さらには韓国政府もユーザーとして参入しているそうです。
土地所有者は自分の土地で建物を建てたり、ビジネスに利用できます。リリース当時には数千円程度で売られていた土地が、今では数千万円で取引されているそうです。
D-Landの変更や開発は、ユーザーのために活動する非営利団体として設立されたD-Land Foundationによって監督されています。
一方、2005年から開発が始まったE-2は昨年11月にサービス開始。地球上の世界各地を仮想空間の中で再現します。
もちろんNFTを活用した仮想通貨(暗号資産)で仮想空間内のサービスや物品を購入できるほか、E-2内でパリやニューヨークの土地を所有し、観光等の収益事業も行えます。
D-LandやE-2内でのアクティブなユーザーは韓国人です。D-Land内のユーザー数は1位が米国、2位が韓国。
E-2内の投資額1位は韓国人の約910万ドル、2位は米国人の750万ドル、3位はイタリア人の390万ドルとなっているそうです。
「メタバース」はまだまだ未知数ですが、その可能性にFacebookザッカーバークCEOはじめ、多くのIT関係者や企業が注目していることは事実です。
「馬鹿げたことをやっている」「バブルだ」と断じるのは簡単ですが、気がついたら日本だけ取り残されていたという事態は避けたいものです。
なお、中国政府がテンセントやバイトダンスを含む多くのIT企業に対する規制を強化している背景には、政府の制御が効かない仮想経済やそこで活動する人々が膨張することを恐れていることがあるようです。(了)