今日(7月31日)の日経新聞朝刊1面の記事の見出しは「景気拡大、革新なき終焉」「71ヶ月、政府が後退入り認定」「デジタル化遅れ、生産性上がらず」。客観的な現状認識だと思います。技術革新が加速し、世界の産業と経済の構造が激変し、国際社会の覇権争いにまで影響を与えていた中で、日本はマクロ経済政策による景気浮揚の幻想を追い求め、気がついたら何の成果もなく世界から取り残されていたということです。しかも新型コロナウイルス感染症の襲来。ここから立ち上がるために理解しておくことが必要なキーワード、キーコンセプトについて考えます。
1.DX(デジタル・トランスフォーメーション)
7月17日、政府が「骨太の方針」発表。正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針」。今後1年の政権運営の基本方針を示し、各省庁はその下で政策や予算の詳細を決めるという手法であり、小泉政権下の2001年が第1回。今回が20回目です。
コロナ禍で明らかになった日本のIT化の遅れ。行政、企業、学校等、あらゆる分野で遅れています。「骨太の方針」は「社会のデジタル化」を柱に据え、「行政のデジタル化」も「1年で集中改革」と記しました。
20年前の第1回も「e-Japan戦略」と謳って「5年以内に世界最先端のIT国家となる」と宣言したものの失敗。電子政府に関する最新の国連ランキングは14位ですが、実感としてはもっと劣後しています。
政府部門のみならず、民間も遅れています。世界経済フォーラムによるIT競争力ランキング(2019年)は12位。これも実感としてはもっと遅れている気がします。
なぜ進まないのか、その原因を検証・分析することが不可欠。筆者なりの所見を整理すると、次のとおりです。
中央省庁は縦割り、自治体はバラバラ。システム開発に関するこの悪しき伝統が最大の原因。ユーザーである国民の利便性ではなく、行政側の都合と利害が優先されています。
因みに、電子政府ランキング1位、2位のデンマークと韓国は省庁横断のIT化推進組織が陣頭指揮。3年前に訪問したランキング3位のエストニアでは、国民のほぼ100%が個人認証IDを保有。日本のマイナンバーカード保有率は2割未満。
企業もIT投資に消極的です。OECD(経済協力開発機構)のデータによれば、日本企業は21世紀入り後にIT投資を2割削減。一方、米国は6割増、フランスは2倍です。
IT投資をコストと捉える傾向が強く、ビジネス革新のための戦略として有効活用できていません。IT先進国と比べると、IT投資に対する認識、理解に問題があります。
そうした中で、昨今見聞きする機会が多くなった「デジタル・トランスフォーメーショ(DX)」。「DX」に対する認識、理解についても気になる点があります。
「DX」は「Digital transformation」の略。社会のデジタル化によって組織・制度・文化等も変化し、ビジネスや産業自体も変革されることを指します。
因みに「Transformation」が「X」と記される理由は、英語圏で「Trans」を「X」と略すからです。「Trans」の「横切る」「突き抜ける」という語意を「X」表記で象徴しています。
「DX」は2004年、スウェーデン・ウメオ大学のストルターマン教授(現在は米インディアナ大学)が提唱。「デジタル技術による大変革」というニュアンスの概念でした。
2010年代に入り、英国コンサルティング企業ガートナー等が「DX」を取り上げたことが契機となり、概念から現実のビジネス、企業戦略の指針に昇華しました。
同時期、マクロ経済政策による景気浮揚に腐心していた日本。世界の潮流に遅れていることを危惧した経産省が2018年9月、「DXレポート」を公表。以後、経産省の広報活動も奏効し、経済界にも「DX」が浸透しました。
しかし、同レポートが企業ITシステムの複雑化、ブラックボックス化の改善が行われないと「2025年の崖」(同年以降、毎年最大12兆円の経済損失)に遭遇することを強調したことが、「DX」の日本における理解を表層的なものにしました。
「DX」の概念は3段階で語られています。第1段階は経産省的意味における「DX」。つまり、ブラックボックス化したレガシーシステムを抱える日本企業における「DX」です。
もちろんレガシーシステム再構築は必要です。しかし、そうなった原因を認識し、改善しなければ再び同じことが起きます。
レガシーシステムのブラックボックス化は、企業がシステムをベンダーに丸投げしてきた歴史。行政も同じです。システムを単なるコストと考え、戦略ツールとして理解及び活用ができない企業や経営者は、「DX」の潮流において生き残ることはできないでしょう。
第2段階はビジネス変革の契機として捉える「DX」。デジタル化による産業や経済の劇的変化を事業継続上の脅威と捉え、戦略を転換していくことを意味します。
「デジタル・ディスラプター」という表現は、既存の製品・サービス・ビジネスの価値が破壊(ディスラプション)されていく第2段階の「DX」の激しさを表象しています。
第3段階はストルターマン教授が提唱した本来の意味(広義)における「DX」。デジタル化によって、社会や人々の生活が根底から革命的に変化することを指しています。
2.コロナテック
「DX」と一緒に語られることが多い「デジタイゼーション(Digitization)」と「デジタライゼーション(Digitalization)」についても触れておきます。
どちらも直訳すると「デジタル化」ですが、「デジタイゼーション」は業務効率化のためにデジタルツールやITを活用すること。言わば第1段階の「DX」に呼応します。
「デジタライゼーション」は戦略的、長期的視野でビジネスプロセス全体をデジタル化していく取り組み。言わば第2段階の「DX」。
そして第3段階の「DX」は上述のとおり。日本においては「DX」の認識や理解が第1段階の表層的「DX」や「デジタイゼーション」に留まり、再び「DX」を単なるコストと解し、失敗を繰り返すリスクを感じています。
「DX」の潮流に乗り遅れていた中で発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミック。「DX」による変化に加え、「ウィズコロナ」を余儀なくされることに伴う社会や人々の生活の変化も、経済、産業、企業に劇的な変化をもたらします。
そうした中、最近普及してきた新造語が「コロナテック」。「ウィズコロナ」に伴う諸問題を解決する技術やサービスのことを指します。
そして、生活、ビジネス、教育等、社会の諸活動の形態が変わったことを商機として、「コロナテック」企業が続々登場。「ZOOM」が典型例です。
当然、ITやインターネット関連の新興企業が大半。リアルなサービスや製品を手がける企業もありますが、顧客との接点においてはITやインターネット抜きでは対応できません。
とりわけ、米国と中国の有力スタートアップ企業が突出。パンデミック真っ只中の今年4月から6月の新たなユニコーン(企業価値10億ドル超の未上場企業)22社の内訳は、米国が13社、中国が3社です。
昨年の新規ユニコーンは物流や旅行等が主流分野でしたが、今年は一変。22社のうち、IT、インターネット、クラウドサービス、データ収集・管理・分析、EC(電子商取引)等の企業が半数超。まさしく「DX」に対応した企業です。
経済や社会の激変は起業(スタートアップ)や企業の戦略転換の好機。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行時に中国でネット通販を始めたのがアリババ。今や米国「GAFA」に対抗する中国「BATH」の一角を占めます。
2007年にスマホが登場し、翌2008年にリーマンショックが発生。この機に登場したのがUber(ウーバー)やAirbnb(エアビーアンドビー)等。モノの所有から利用、シェアへの変化を先取りしました。
投資資金の流れも変わり、「コロナテック」企業にVC(ベンチャーキャピタル)からの資金が集まっています。
日本勢はそもそもこれまでに登場したユニコーン自体がわずか3社。有望な「コロナテック」スタートアップ企業も現状は台頭せず、国内スタートアップ企業への投資額も年4千億円程度。米中とは桁が2つ違います。
以上のとおり、「DX」に「コロナテック」が加わった劇的変化を適切に認識、理解できるか否か。日本企業の手腕が問われます。
必要なのは、現在の事業やビジネスが消滅する可能性があるという危機感、「DX」に対する的確な認識と適切な戦略、ベンダー任せにしない当事者意識(オーナーシップ)、自らプロジェクトを先導できる評価力、判断力。経営トップの関与は不可欠です。
冒頭で述べたように、日本がマクロ経済政策の幻想を追い求めている間に、世界は「デジタル化」とそれに伴う「生産性向上」の下で、産業も経済も激変。そのことは米中関係を含む国際社会の構造にも影響しています。
その間、日本では人手不足が深刻化。ITを利活用した改革や「DX」的な取り組みで解決することなく、言わば安易に外国人労働者に依存し続けたとも言えます。その結果が「デジタル化遅れ、生産性上がらず」という今日の日経新聞の見出しです。
嘆いている暇はありません。さらに取り残されないように、冷静な情勢認識の下、現在の潮流を先取りし、メルマガ428号(2019年9月29日)で述べたようなリープフロッグ(蛙飛び)の一発逆転に挑戦しなくてはなりません。
3.RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)
現在の潮流としてもうひとつ認識すべきはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)。ひと言で表現すれば、ホワイトカラー的な仕事のAI的IT化です。
米国ではコロナ対策の補助金申請書類の処理にRPAを活用。日本でも、休業要請に応じた企業への協力金支払い等の膨大な事務をRPA活用で乗り切った自治体があります。
RPAという言葉を認識しているか否かは別にして、RPAは既に現実に利活用されています。世界では先進的な企業、金融機関、官公庁等で導入が加速しています。
ホワイトカラー「的」としているのは、ホワイトカラー、ブルーカラーという区分けはもはや陳腐化しており、実際には両者は融合。生産現場でもRPAは使われています。
20世紀後半以降、FA(ファクトリーオートメーション)が浸透しましたが、今やロボットや工程管理の操作にもRPAが利活用されています。
RPAはソフトウェアロボット(ボット<後述>)やデジタルレーバー(仮想知的労働者)による業務プロセスの自動化技術です。
ワークフロー(業務手順)の自動化ツールとも言えます。ユーザーである労働者(人間)が操作や入力をし易いようにGUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)を活用している事例が増えています。
例えば、申請書類を受け付け、記載されているデータ等から分別し、仕分けて担当部署に回して所定の作業をするというワークフロー。
この一連の流れをAI的プログラムが人間に代わって行い、人間は作業の条件等を設定。設定に難しいPC操作は必要なく、GUIで表示された簡便な選択肢を操作。このAI的プログラムを「ボット」や「デジタルレーバー」と言います。
オックスフォード大学は、RPA等によって2035年までに全雇用の最大35%が人間から代替されると試算。もともと日本は自動化が遅れていたので、今後急速にRPAが普及する可能性があります。
但し、ここでも日本企業がRPAを単なるコスト削減と考えると失敗するでしょう。ハーバード大学の調査によれば、米国ではRPA導入企業の大半が解雇を行わず、社員により高度な仕事を担わせたそうです。
社員はRPA等のAI的プログラム、つまり「ボット」や「デジタルレーバー」を同僚と感じ、効率性と生産性が一段と向上したそうです。人員削減のためではなく、より効率性と生産性の高いビジネスのために「ボット」や「デジタルレーバー」を導入したのです。
そう考えると「DX」や「RPA」は新しい雇用も生むとも言えます。マイクロソフトは2025年までにデータ分析業務等の新しい雇用が1億4900万人分創造されると予測しています。
但し、新しい知識や技術が求められます。米国はそのための人材再教育に動き出し、コロナ禍で失業した労働者に1人4千ドルの職業訓練費用を支援することを検討。GAFAやマイクロソフト等の企業も教育支援を表明しています。
日本でも、既存の雇用維持のための雇用調整助成金等に加え、「DX」や「RPA」に対応した新たな雇用政策、労働者の教育政策が必要です。
ところで、上述のボット(bot)は「ロボット」から派生した新造語。FAで人の代わりにモノを組み立てるロボットと異なり、ボットはPC上で人が操作する代わりに動く「自動プログラム」「仮想ロボット」のことです。
ボットは最初、iPhoneやSNS等の補助プログラムのことを指しました。例えば、iPhoneに入っているSiriもボットの一種。「明日の天気は」と聞くとSiriが自動検索して明日の天気を回答してくれます。Twitterの自動再ツイート機能や、相手の発言に自動返答してくれる機能もボットです。
例えば、電話の人工音声案内もボットの一種。生身の電話交換手を代替し、目的の部署や人までつないでくれます。架電者に番号プッシュ対応を促したり、音声認識が高度化すれば会話によって目的の相手まで誘導します。
つまり、ホワイトカラー的な仕事を代替してくれるのがRPAのボット。最近のAI進歩は目覚しく、ディープラーニングによる知能化が進んでおり、やがて本来の用件への内容的な応対も行えるようになるでしょう。そうなれば完全なAI社員です。
ホワイトカラー的仕事が「DX」「RPA」あるいは「ボット」「デジタルレーバー」に代替された後、リアルな人間をどのように扱うか、企業や政府の戦略と姿勢が問われます。
「DX」「RPA」あるいは「ボット」「デジタルレーバー」では代替できない仕事ができる人間が必要になりますが、人間にとってそれが恩恵になるか否かはまだわかりません。
産業革命やIT革命によって労働時間は短縮されるかと思えば、現実はむしろ長時間化。機械やITでは対応できない部分で長時間労働を余儀なくされたからです。
「DX」「RPA」の顛末はわかりませんが、2018年に亡くなったホーキング博士が「次のシンギュラリティ(技術的特異点)は2021年」と予測していたのを思い出しました。ご興味があれば、メルマガ377号(2017年2月10日)をHPバックナンバーからご覧ください。(了)