【Vol.442】羽田新ルート

緊急事態宣言は解除されましたが、新型コロナウイルス感染症対策に引き続き注力します。感染症の影響で東京オリパラは1年延期になりましたが、既に始まった東京オリパラ対応もあります。3月29日運航開始の羽田空港の新ルートもそのひとつ。安全等の観点から問題があり、3月26日の財政金融委員会で総理に再考を促しました。6月2日に行った国交省航空局からのヒアリングも踏まえ、経緯と課題を整理します。


1.羽田新ルート

1931年に東京飛行場として開港した羽田空港。戦後、接収したGHQ(連合軍総司令部)が拡張工事を行い、1952年に日本に返還。東京国際空港に改名されました。

1960年代の高度成長、1964年の海外旅行自由化等を映じて発着便数が急増。沖合展開も検討されましたが、当時の土木技術では工事難度が高く、米軍横田基地との空域問題もあり、1966年、首都圏第2空港(新東京国際空港)を成田に建設することが決まりました。

1978年、成田空港が開港。以後、国際線は成田、国内線は羽田という運用が基本となりました。その後、沖合展開土木技術の進歩(滑走路増設)、横田空域の一部返還、日韓ワールドカップ等を契機とした国際チャーター便需要増等から、羽田の国際便も再度漸増。

2000年代に入ると徐々に、欧米長距離便は羽田、短距離アジア便やLCCは成田という運用傾向が強まり、今日に至っています。

現在、羽田は滑走路4本、成田は2本。羽田拡張の限界を睨み、成田の3本目滑走路新設(2028年度完成目標)と既存滑走路1本(2500メートル)の1000メートル延伸を計画中。

そうした中、東京オリパラ開催が決定(2013年)。翌2014年、羽田の国際線増便のための規制緩和を検討する国交省協議会がスタート。

2016年、東京都心上空を通過する離発着を承認。2019年8月8日、2020年3月29日から新ルートの運航開始を発表。都心を低空飛行する新ルートの実現が決まりました。

3月以降、新型コロナウイルス感染症の影響で航空便は大半が欠航となっていましたが、3月29日から運航開始。

現在も減便が続いていますが、通常運航に戻ると、新ルート運用によって国際線発着回数が年間6万回から9.9万回に増加。発着枠は1日当り50枠(離発着で1枠)増便となり、うち24枠を米国路線に充当。日米航空会社に12枠ずつ振り分けています。

既に運航開始となった新ルートですが、騒音面、安全面等で問題を抱えています。経緯と事実関係を整理します。

国交省は今年1月30日から2月12日にかけて、実際に乗客が乗る国内線・国際線1267便で試験飛行を実施。乗客には告知されていなかったようです。

北風と南風に対応した試験を各7日間、午前7時から午前11時、午後3時から午後7時までの間に実施。新ルート、とくに進入路のポイントは、都心上空を低空で飛ぶこと、騒音を減らすために降下角(着陸進入角度)を引き上げる(結果として急降下になる)ことです。

降下角3.0度から3.45度への引上げ(急降下)の問題は次項で扱うこととして、まずは急降下によって騒音減少の効果があったか否かです。

国交省は騒音の最大推計は80デシベルと説明してきましたが、その前提や根拠は非開示。騒音は便ごとの重量や使用フラップの角度等によって変化します。国交省は降下角を上げれば着陸までの飛行高度が上がり、騒音が減ると主張していました。

試験飛行での騒音測定は新宿、渋谷、品川、大田各区など都内15ヶ所と川崎市、さいたま市、川口市等、19ヶ所で行われました。

実測値と推計値を比較した結果、6割が推計通り、2割が推計値より大きく、2割は小さかったと発表。国交省は降下角引上げによって騒音軽減効果が得られたとしていますが、自治体やマスコミの独自測定では違う結果が出ています。

5月4日の日経新聞によれば、同社が行った観測結果の75%で騒音軽減効果はなく、40%は従前より大きくなったと報じています。

大井町で85デシベル以上、川崎市で90デシベル以上と、学校や企業の活動に支障の出るレベル。パチンコ店内並みの騒音値です。3.45度で急降下するとエンジン出力や揚力調整に伴う抵抗が増えることが影響しているかもしれません。

エンジン出力はスラストレバーで調整します。風や気温の変化、降下角の調整等で必要に応じてフラップを大きく出した場合には80デシベル超は当然との情報もあり、推計値80デシベルが過小評価だった気がします。

IFALPA(国際定期航空操縦士協会連合会)の独自調査でも、降下角を引上げても騒音軽減効果があったとのデータは得られなかったようです。

2.降下角(着陸進入角度)

騒音対策が目的との説明で変更された降下角。2014年以降、国際標準の3.0度と説明してきた国交省は、昨年7月30日に3.45度とする方針を表明。8月8日に決定しました。

今年3月29日からの運航開始のためには、飛行に必要な諸準備のために各国に告知する手続上のタイムリミットが昨年8月だったからです。

新ルート直下の品川・渋谷両区議会が撤回を求める意見書を全会一致で決議しましたが、結局、12月に3.45度に引上げることが公示されました。

パイロットにとって降下角が浅くなるほど着陸は容易。国際標準3.0度は1978年にICAO(国際民間航空機関)が安全性等の観点を踏まえて決定。以後、航空各社はパイロット訓練を3.0度で実施しており、3.45度は異例です。

国交省は稚内、広島、米国サンディエゴ等に同様の事例があると主張していますが、稚内と広島は山の影響による地理的必然性、サンディエゴは大型機がほとんど飛来しない特殊性、加えていずれの空港も進入域に人口密集地はありません。このほか、騒音対策として3.2度を選択しているのがフランクフルトです。

稚内、広島、サンディエゴのような例外的事例を根拠に、世界有数の大都市の大空港である羽田でも安全と主張するのは少々無理があります。

過去に「着陸難度世界一」と言われた香港啓徳空港は3.1度。筆者も行ったことがあり、両側を高層アパート群に挟まれた着陸には脅威を感じました。

さて、3.45度にすると何が懸念されるのか。わずか0.45度ですが、パイロットの実感としては相当な急降下と感じるそうです。

操縦が難しく、最後のフレアー(接地のための機首上げ操作)に技量が求められるそうです。適度に機首が上がり、まず後輪が接地し、その後スムーズに前輪が接地。パイロットの技量は乗客でもわかります。

3.45度の懸念の第1は「しりもち事故」。3.0度の時よりも高い高度からフレアーを行う必要があり、急角度での接地は航空機尾部が滑走路に接触する危険性につながります。

接地では尾部と滑走路の間隔が1メートル未満になることもあり、降下角が急になると間隔がさらに狭くなるからです。

第2は、地面に叩き付けられるように接地する「ハードランディング」。上述の「しりもち事故」回避のためにフレアーを抑制して進入すると、後輪と前輪が同時に接地する「3点着陸」となり、主翼前方の胴体部分にひび割れが発生する危険があります。

第3に、航空会社が定める毎分1000フィート以下よりも急降下になる懸念。急降下に対するGPWS(対地接近警報装置)作動、オーバーラン等の危険があります。

試験飛行ではエアカナダのパイロットが危険を感じて成田に向かったとの報道がありましたが、6月2日の国交省の説明では「周知連絡が不十分だったため」「現在は全ての航空会社が同意」とのことです。

デルタ航空も新ルートでの試験飛行を拒否との報道もありましたが、これも「試験期間内の当該時間帯にデルタ航空の便はなかったため」との説明でした。

今年1月20日、100カ国以上、10万人以上のパイロットが加入するIFALPA(国際定期航空操縦士協会連合会)と約290の航空会社が加盟するIATA(国際航空運送協会)が降下角3.45度での進入、着陸に安全上の懸念を表明。

IATAとデルタ航空は国交省に出向いて新ルート撤回を要求したとも報道されていますが、これについても国交省は「要求ではなく、あくまで意見交換だった」との説明でした。

一方、3.45度を打ち出した昨年7月30日の国交省資料を見ると、中野付近から3.45度よりも急な角度で大井町付近まで降下し、そこからは3.0度で羽田に進入する方法も記載されています。要するに、最終的には3.0度での着陸を想定しています。

これを受け、運航開始以降、実際には中野上空のFAF(最終降下開始地点)、高度3800フィートから3.77度の急降下を行い、大井町付近の高度1500フィートで3.0度に立て直して着陸しているケースもあるようです。

つまり、国交省も航空会社も3.45度での進入、着陸に危険性を感じ、空港目前(大井町付近)で国際標準3.0度に立て直して着陸しているのではないでしょうか。

航空会社ごとに対応が異なるかもしれません。国交省の説明振りや航空会社ごとに対応が異なる状況を3月5日の日経新聞は「ダブルスタンダード」と記し、問題視しています。

ちなみに3.77度(夏には4.0度超<後述>)で急降下すると、GPWSによる「シンクレート(降下率警報)」や「テレイン(高層建築物への異常接近)」という警報が鳴る可能性があり、その場合には「ゴーアラウンド(進入復行)」しなければならないそうです。

全パイロット、全航空会社共通で、かつ安心して運航できるルートと離着陸方法でなければ、空の安全、乗客の安全、都心の安全は守れません。

3.3.45度ダブルRNAV

騒音面、安全面で異例の新ルート。上記以外にも様々な指摘が聞こえてきます。

第1に、試験飛行はAIP(航空路誌)という各国当局や航空会社への公式通知資料の発行後だったという指摘。AIPは試験飛行後に発行するもの。試験飛行なしでのAIP発行は異例との指摘ですが、国交省は「昨秋に試験飛行を1回行った」と説明しました。

第2に、不適切な季節の試験飛行だったとの指摘。試験飛行は北風の時期。新ルートは北からの進入なので北風はテールウインド(追風)。速度が増してエンジン出力を抑制できるため、騒音も軽減。試験飛行は騒音が最大となる季節に行うべきでした。

第3に、夏場の危険性等の指摘。気温が上昇すると、航空機の気圧高度計は実際高度よりも低く表示されるため、降下角がより急になります。例えば摂氏35度であれば、結果的に4.0度超の降下角になる可能性もあるようです。

気温が高くなるとエンジン性能が低下。出力を上げる必要があり、その結果、騒音も大きくなります。つまり、夏場は安全と騒音の両面で懸念があるとの指摘です。

これほど様々な指摘がある中での降下角3.45度の強行。他に理由があるような気がしますが、本件を説明する航空会社内の資料に以下のような記述があることが判明。

「RNAV進入はFAF通過後、3.45度の降下角で公示されている。これはRNAV(GNSS)Rwy16RのFAFであるT6R76が横田空域内に位置している事に起因しており、横田空域内のTrafficと垂直間隔を確保する必要があるため、FAFであるT6R76に3800ft At or aboveという制限が付されている。FAFからThresholdへ直線で結ぶと約3.45度の降下角となる事から、FAF以降の降下角が3.45度のRNAV進入となっている。」

RNAVは「広域航法」。空港からの無線誘導ではなく、GPSを活用して自分の位置を把握して着陸する方法。GNSSは「衛星測位システム」。Rwy16Rは「羽田A滑走路」。T6R76は中野付近の座標。FAFは最終降下開始地点。Thresholdは「滑走路末端」。

要するに、米軍横田空域との関係で中野付近上空を高度3800フィート(約1222メートル)以下で飛ぶ米軍機と距離を保つために降下角3.45度になったと説明しています。

さらに資料は「一方、Rwy16L進入の経路は横田空域には抵触していないものの、Rwy16Rの経路と横方向で2kmも離れていない事から、経路近傍の地元住民への騒音軽減の公平性の観点からRwy16R同様に3.45度で公示されている。」と続いています。

Rwy16Lは「羽田C滑走路」。つまり、A滑走路への進入ルート直下の住民との騒音の公平性の観点から3.45度になったと説明しています。

非常に分かり易い説明です。賛否や是非は別にして、日米安保条約、日米地位協定、横田空域の問題は周知の事実。正直に説明することが政治や行政の責任です。事実の隠蔽、文書の改竄・廃棄・捏造、情報公開に後ろ向きという昨今の悪弊が脳裏を過ぎります。

東京オリパラに無理に間に合わせて降下角3.45度の新ルートを選択した結果、もうひとつ断念したものがあります。それはILSによる安全な着陸。

ILSは「計器着陸装置」。滑走路近くの地上施設から指向性誘導電波を発信し、その電波に誘導されて航空機が滑走路に接近します。

羽田空港には3.0度に対応したILSが設置されています。3.45度着陸をILSで行うためには別途の機器や設備の設置が必要なため「間に合わない」との国交省の説明でした。

ILSが間に合わないために、AとCの平行滑走路に3.45度で同時進入させるダブルRNAV。大都市域内の大空港では異例の対応です。

2月2日の試験飛行時に練馬と板橋の区境付近で落下物目撃との報道もあったことから、これも国交省に確認したところ「事実ではありません」との回答。

伊丹、福岡等、市街地上空を飛行している他空港でも落下物への懸念は同じですが、別のルートがあれば、市街地上空は極力回避した方がよいと思います。

現時点で安全運航に努めているパイロットや管制官には敬意を表しつつ、東京都心上空低空飛行による離着陸は再考すべきです。航空需要の先行きも不透明な中、一旦元に戻し、国際線増便が必要になれば、関空、中部、福岡、札幌等で受け入れるのが適切です。

もっと計画的、戦略的なインバウンド対応の航空政策を指向すべきです。慌てて導入した「3.45度ダブルRNAV」が事故につながらないことを祈ります。(了)


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