【Vol.434】世界終末時計と2020年

英国総選挙は保守党圧勝でジョンソン首相続投、米国下院ではトランプ大統領弾劾訴追を決議。世界は来年も激動の年になりそうです。日本は東京五輪に関心が集まるでしょうが、内外とも問題山積。世界の潮流や変化のスピードに遅れ気味で、マラソンに喩えると先頭集団から徐々に離れ始めています。五輪ムードに流されることなく、職責を果たし、問題の整理分析と解決策の検討・実現に努めます。


1.世界終末時計

世界終末時計(Doomsday clock)とは、核戦争等による人類絶滅(終末)を午前0時に準(なぞら)え、終末までの残り時間を「あと何分」と示す時計のことです。

日本への原爆投下から2年後、冷戦時代初期の1947年に米国の科学者等が危機を感じて始めた企画です。具体的には米国「原子力科学者会報」の表紙絵として誕生しました。

原子力科学者会は第2次世界大戦中に原爆を開発していたマンハッタン計画の参加者等が中心となって組織され、「原子力科学者会報」では核兵器の危険性について警鐘を鳴らしています。

開発して警鐘を鳴らすというのも不条理な話ですが、科学者もやってしまったことの重大さに気がついたということです。

終末時計の時刻は、当初、同誌編集主幹のユダヤ系米国人物理学者ユージン・ラビノウィッチが中心となって決めていましたが、同氏の死後は「会報」の科学安全保障委員会が協議し、時間の修正を行っています。

つまり、人類滅亡の危険性が高まれば残り時間が減り、低まれば残り時間が増えます。時計は「会報」の表紙に掲載されますが、シカゴ大学にはオブジェが存在します。

科学安全保障委員会は、ノーベル賞受賞者を含む各国の科学者や有識者等14人で構成されています。

1989年10月号からは、核兵器のみならず、気候変動による環境破壊や生命科学等の脅威も考慮して残り時間が決定されています。

残り時間の過去最短は2分、過去最長は17分。これまでの推移を整理します。最初は残り7分(1947年)からスタートしました。

創設後、ソ連が核実験に成功し、核兵器開発競争が始まったことを悲観して4分短縮して残り3分(1949年)。米ソ両国が水爆実験に成功した1953年には残り2分になりました。

科学者によるパグウォッシュ会議が開催されるようになり、米ソ国交回復が実現すると5分戻って7分(1960年)。さらに米ソが部分的核実験禁止条約に調印して12分(1963年)。

しかし、フランスと中国が核実験に成功し、第3次中東戦争、ベトナム戦争、第2次印パ戦争が発生すると再び7分に短縮(1968年)。

米国が核拡散防止条約を批准すると3分戻って10分(1969年)。米ソがSALT(第1次戦略兵器制限交渉)とABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約を締結して12分(1972年)。

ところがその後、米ソ交渉が難航し、MIRV(複数核弾頭弾)配備、インドの核実験成功によって3分短縮されて9分(1974年)。

米ソ対立激化、国家主義的地域紛争の頻発、テロリストの脅威拡大、南北問題、イラン・イラク戦争等によってさらに短縮されて7分(1980年)。

軍拡競争に加え、アフガニスタン、ポーランド、南アフリカ等における人権抑圧等も反映して短縮が進み残り、4分(1981年)。さらに米ソ軍拡競争激化で残り3分(1984年)。

ところが、米ソ中距離核戦力(INF)廃棄条約締結によって3分戻り、残り6分(1988年)。湾岸戦争はあったものの、東欧民主化、冷戦終結でさらに4分戻って残り10分(1990年)。そして、ソ連崩壊、ユーゴスラビア連邦解体で7分戻って残り17分(1991年)。過去最長となって、最も人類滅亡の危機が遠のきました。

しかし、そこからは短縮の一途。ソ連崩壊後もロシアに残る核兵器の不安で残り14分(1995年)。インドとパキスタンが相次いで核兵器保有を宣言して残り9分(1998年)。

米国同時多発テロ、米国ABM条約脱退、テロリストによる大量破壊兵器使用の懸念から残り7分(2002年)。北朝鮮核実験、イラン核開発、地球温暖化進行で残り5分(2007年)。

オバマ大統領による核廃絶運動で1分戻って残り6分(2010年)となったのも束の間、核兵器拡散の危険性増大、福島原発事故を背景とした安全性懸念から再び残り5分(2012年)。さらに気候変動や核軍拡競争のため残り3分(2015年)。

そして、核廃絶や気候変動対策に消極的なトランプ大統領が登場した2017年。残り時間が少ない中で、30秒短縮されて残り2分30秒となりました。

2.新たな異常事態(ニュー・アブノーマル)

昨年2018年1月25日。「会報」の科学安全保障委員会は「冷戦時よりも危険な状態」と認定し、前年からさらに30秒短縮して残り2分。1953年と並ぶ過去最短、過去最悪です。

前年に北朝鮮やイラクの核兵器開発が露呈したうえ、トランプ大統領の言動やツイート外交による混乱等が影響しています。前年7月7日、122ヶ国の賛成で核兵器禁止条約が採択されましたが、米国や日本は反対。

核問題だけではなく、気候変動問題も深刻化。世界各地で異常気象や自然災害が頻発し、気温上昇は危険な水準に近づいています。しかも、トランプ大統領はパリ協定離脱方針を発表。

前述したとおり、2017年に残り時間は3分から2分30秒に減少。前年の大統領選で当時候補者であったトランプが核廃絶、気候変動対策に消極的な発言を繰り返し、そして当選してしまったことが影響しています。

そして今年1月25日。やはり「人類滅亡まであと2分」。科学安全保障委員会のメンバーは「もう手遅れだ、みなさんさようなら」との絶望的コメント。ブラックジョークと言いたいところですが、ジョークとも思えません。

世界各国における核戦争の危機、進む環境破壊、広がる不寛容等々、「新たな異常事態(ニュー・アブノーマル)」と表現されました。米中露3ヶ国が「ニュー・アブノーマル」の中心であることは言うまでもありません。

さて、来月(2020年1月)発表される残り時間はどうなるでしょうか。米国は11月4日にパリ協定正式離脱表明。それに先立つ8月2日、中露に対抗して、米国は中距離核戦力(INF)廃棄条約も脱退。

脱退直後にミサイル実験を行ったのに続き、今月12日、同条約で制限されていた地上発射型中距離弾道ミサイルの発射実験も実施。弾道ミサイルの実験は初めてです。エスパー国防長官は実験直後に「開発完了次第、欧州、アジアの同盟国への配備を協議する」と発言。

こういう状況では、世界終末時計の残り時間が、過去最短、過去最悪となるのは必至です。

ひと頃一世を風靡したノストラダムス(1503年生、1566年没)の大予言に照らすとどうなるか興味深いところですが、ブルガリアの大予言者ババ・ヴァンガ(1911年生、1996年没)は21世紀初頭に第3次世界大戦が勃発すると予言しています。

ところで、「ニュー・アブノーマル」は経済分野で登場する「ニュー・ノーマル」を皮肉っているように感じます。

「ニュー・ノーマル」という言葉は、ITバブル後の2000年代前半の米国の経済状況を表現するためにロジャー・マクナミーという投資家が使い始めました。

その後、リーマンショック後にやはり投資家のモハメド・エラリアンが使ったことを契機に米国で流行語になりました。

「ニュー・ノーマル」は欧米メディアで繰り返し取り上げられ、2012年米大統領選挙の討論会でも飛び交いました。

2014年、中国でも習近平主席が「新常態」という表現を使い、英語では「ニュー・ノーマル」と訳されました。経済成長減速への国内批判や海外からの懸念を回避するために、「ニュー・ノーマル」という認識の定着如何は中国にとって重要な関心事項です。

今朝(12月20日)の日経新聞(11面)にも掲載されましたが、中国のバブル崩壊には要注意。中国政府は必死に食い止めようとするでしょうが、人為的、政策的には阻止できない局面が来るかもしれません。

日本の異常な金融緩和も同様。黒田日銀総裁が今の異常な状態を「ニュー・ノーマル」と嘯き始めたら、いよいよ危ないと思った方がよいでしょう。

経済の「ニュー・ノーマル」は実は異常さ隠すための詐欺的表現。「ニュー・アブノーマル」と表現するのが適切です。

3.MouseとRat

さて、来年の世界の政治経済はどうなるでしょうか。1998年に創設されたユーラシア・グループというコンサルティング会社があります。創始者は米国政治学者イアン・ブレマー。

同社は毎年1月、「世界の10大リスク」を発表。各国の外交・市場・企業関係者等が注目しています。このメルマガでも毎年取り上げています。

2011年には最大リスクとして「Gゼロ世界」という概念を提示。主要国の利害調整の場がG7からG20へ移行。しかし、G20は実質的な問題解決能力がなく、国際社会のリーダーシップ不在の状況を「Gゼロ世界」と表現しました。

今年1 月7日発表の2019年の第1位は「米欧政治の混迷」、第2位は「米中摩擦激化」、第3位は「サイバー攻撃」。さて、2020年はどうなるでしょうか。恒例により、来年1月13日開催の私のBIPセミナー(https://bip-s.biz/)でご紹介します。

最後に年末恒例の干支シリーズ。干支は十干十二支で構成されますので「十」と「十二」の最小公倍数「六十」でひと回り。六十歳で自分の誕生年の干支に戻るので「還暦」と言います。十干は「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」、十二支は「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」。

最初の組合せは「甲」と「子」の「甲子」。「甲子」の年に作られた野球場が甲子園。

また、干支は「陰」「陽」の2つ、及び「木」「火」「土」「金」「水」の5つの性質との関連で様々な解説がなされます。陰陽五行説(陰陽思想及び五行思想)です。

水は木を育み、木は火の元となり、火は土を作り、土は金を含み、金が再び水を生む。一方、土は水を堰き止める。「五行」の組み合わせにより「相生」「比和」「相剋」「相侮」「相乗」に分類され、相互に強め合ったり弱め合ったりします。

2020年の干支は「庚子(かのえね)」。十干の「庚」の「陰陽」は陽、「五行」は金です。

十干は太陽の巡りと生命の循環サイクルを表わします。「庚」は7番目なので、季節で言えば初秋、生命では結実や形成という段階です。

一方、十二支の「子」。「陰陽」は陽、「五行」は水。十二支は植物の循環を表します。「子」は1番目なので、芽が出る、陽気が動き始める相を示します。

因みに、芽が出る「子」に続き、その後の「丑・寅・卯・辰・巳」で徐々に育ち、「午」で陰陽の転換点を迎え、「未・申・酉・戌」で結実。最後の「亥」で地面に落ちた種が土に埋まり、次世代の生命に繋がっていくという解釈です。

また「子」は「滋る」「増加する」という意味を持っています。したがって、動物では子沢山の「鼠」に擬せられます。つまり「子」は生命のスタート、繁殖や発展の象徴です。

さて、「庚」と「子」は「金の陽」と「水の陽」で「相生(そうせい)」、すなわち相互に強め合う関係です。

何かに行き詰まった時に、別のものから活路が生まれたり、変化が生じる状態、新たな動きや生命の兆しを象徴するのが「庚子」。新しいことに挑戦するのに適した年だそうです。

「鼠」に因んだ諺には積極的、肯定的なものがあまりありません。「鼠」の連想から、「小さい」「弱い」「たいしたことない」という意味で使われる諺が多いようです。

有名なのは「窮鼠猫を噛む」とか「大山鳴動して鼠一匹」。鼠年の人には少々気の毒ですが、「家に鼠、国に盗人」は「どんな世界でも害毒となる存在は必ずいる」喩え。

「鳴く猫は鼠を捕らぬ」は「お喋り者は口先だけで実行力が伴わない」喩え。「鼠捕る猫は爪を隠す」は「優れた才能のある人はそれをひけらかさない」という謙虚・寡黙・有能の喩え。このふたつは年頭挨拶で使えそうですね。

余談ですが、日本では一括りに「鼠」と言いますが、英語の「鼠」はMouseとRat。Mouseは可愛いと思われる一方、体長の大きいRatは忌み嫌われるそうです。

来年のメルマガも政治経済はもちろんのこと、技術革新や産業変革に着目した内容もお届けしていきます。因みに、1968年に開発されたパソコン操作器の「マウス」の由来。

開発したのは米国の発明家ダグラス・エンゲルバート博士(1925年生、2013年没)。博士はミッキーマウスの大ファンだったために「マウス」と名づけたそうです。最初の「マウス」は四角い箱型であり、「鼠」には全然似ていません。

博士がスターウォーズのファンだったら「R2D2」とか「BB8」になったかもしれませんが、同映画公開は1977年。間に合っていません。1968年公開はアーサー・C・クラーク原作、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」。

映画では人工知能「HAL(ハル)」が重要な役回りですが、今やAI(人工知能)との共存・競争は現実の課題。

パソコンの「マウス」も姿を消しつつあり、AIでもある「Siri」や「OK Google」に話しかける時代。凄いことになってきました。来年も技術革新から目が離せません。

それでは皆さん、良い年をお迎えください。(了)


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