2019年度予算案には、10月からの消費税引き上げに伴う幼児教育無償化の財源が組み込まれています。日本の脆弱な教育政策に目が向くようになったことは良いことですが、まだまだ道半ば。今回は幼児教育を中心に、日本と欧米の違いについて考えます。
1.幼児教育無償化
幼児教育無償化が2017年12月の「新しい経済政策パッケージ」の中に盛り込まれ、「日本国内の子どもが、家庭の経済状況に左右されることなく、等しく質の高い教育を受けられるようにする」と記されました。
国や社会の根幹に関わる基本認識がようやく文章化されたことは一歩前進。しかし、世界はハイスピードで先を進んでいます。さらに距離が開く状況にあります。
昨年12月28日に教育費無償化の閣議決定が行われ、幼児教育無償化と高等教育無償化の具体策が発表されました。
まず、幼児教育無償化。今年10月から実施を「目指す」となり、現在審議中の2019年度予算案に財源が措置されました。
「無償化」と言っても完全無償ではありません。対象や条件等を理解することが必要です。子どもの年齢、家庭状況、預け先等で適用も変わり、上限もあります。
2歳児までを持つ共働き家庭は、保育園、認定こども園、認可外保育園を利用。出産直後から働きに出る女性も増え、0歳児から利用可能な施設の需要が増えています。
無償化の対象は住民税非課税世帯のみ。月4万2000円まで無償。モデルケースは、会社員、専業主婦、子供2人、年収255万円以下。自治体によって基準が異なります。
3歳から5歳児の場合、幼稚園、保育所、認定こども園、預かり保育、認可外保育園、障害児通園施設等の利用料が基本的に無償。地域型保育園や企業主導型保育園も対象です。
都道府県に届出済の認可外保育園、ベビーシッターは、国の施設指導監督基準を満たしていれば無償化対象。改修等のために5年間の認定猶予期間が設けられています。
認定保育園、認定こども園が完全無償に対し、幼稚園は上限月2万5700円。幼稚園での預かり保育は無償部分に加えて月1万1300円、合計月3万7000円が上限。
つまり、繰り返しになりますが、完全無償ではありません。また、無償化対象は利用料のみ。給食代、諸費用、送迎代(バス利用料)、制服代等は自己負担です。
保育園・認定こども園は完全無償、幼稚園には無償上限ありという観点から、前者の利用を希望する家庭が増えるでしょう。人気の高い施設に希望が集中し、待機児童問題は解決しません。
ベビーシッター、一時預かり、ファミリーサポート等は認可保育施設であるため、専業主婦(夫)家庭は有償または利用不可の場合もあります。
また、預かり保育、認可外保育施設を利用する場合、「保育の必要性がある」という認定を受けなければなりません。
両親共働き、母子家庭、父子家庭、親の介護や保護者の身体及び精神疾患等のため家庭保育が難しい等々、自治体ごとに基準は異なります。これらの他に「祖父母の保育援助が受けられない」という条件が加えられる場合もあります。
また最近は、働く母親にとって預かり保育の時間延長へのニーズが高まっています。延長時間が長くなると職員確保が難しくなります。こうした点への対応は、無償化を行うだけでは解決しません。
さらに、今後の財源の問題もあります。2019年度予算案では、国、都道府県、市町村にかかる幼児教育無償化の財源3882億円を全額国費負担としています。しかし、次年度以降は地方交付税の中で対応予定なので、中長期的に財源が保障されるか否か不透明です。
認可外保育所等の無償化対象は条例に委ねられることになり、国が交付税算定対象を限定すれば、地方の財政負担増や無償化の骨抜きにつながる可能性があります。
さらに、幼児教育無償化は、高過ぎる日本の幼児教育費を軽減するという話。日本の幼児教育の「質」の問題に切り込んでいるわけではありません。
2.シュタイナー教育
日本と欧米の幼児教育には根本的な「質」の違いがあります。第1に「教育」に対する認識の違い。日本では文字通り「教え育てる」。教師が子どもたちに何かを教えることです。
英語の教育は「education」。語源はラテン語で「e(外へ)」「ducere(導く)」という2つの意味を持つ単語が「education」。つまり「外へ出る力」。
語源からも教育に対する認識の違いがわかります。欧米の教育は「教えること」ではなく「可能性を外に引き出すこと」が重視されます。
第2に「個性」に対する考え方の違い。日本でも個性の尊重が謳われるようになりましたが、欧米では個性尊重は当たり前。大切なのは個性を「伸ばす」こと。
日本では平均的な個性に安心感を抱きがちですが、欧米では個性に重きを置き、子どもであっても自分の意見を述べることを期待します。型にはめるのではなく、個性に合わせて能力を伸ばし、自主性を重んじます。
日英の算数教育の違いの典型例に関し、興味深い話を聞きました。日本では「4足す5は何」「4掛ける5は何」という聞き方。答えは「9」「20」に特定されます。
英国では「足して9になるのは何」「掛けて20になるのは何」という聞き方。つまり、答えは唯一ではありません。異なる答えを考え出そうとする力を重んじるそうです。
第3に「しつけ」の仕方の違い。日本では「悪いことを叱る」。欧米では「良いことを褒める」。欧米では、褒めて育てるのが「しつけ」教育。
例えばトイレの練習。「どうしてうまくできないの」と叱ると、子どもは萎縮して怯えの中でトイレ作法を身につけます。米国では、うまくできると「すごい、お前は天才だ」とここぞとばかり褒めるそうです。子どもは喜び、もっと褒められようとして上達します。
第4に「勉強」に対する考え方の違い。日本では「覚えるもの」。欧米では記憶力は重視されません。記憶力を問うテストはほとんどなく、自分が得た知識を活用すること、考えることが問われます。思考力、自立心を磨くのが教育です。
僕も大学の教壇に立ち続けていますので、こうした日本の教育の傾向を是正すべく、僕の授業では徹底して「考えること」「自分の意見を述べること」を求めています。
日本と欧米の幼児教育の違いという観点から、シュタイナー教育、モンテッソーリ教育、イエナ教育等に触れておきます。
ルドルフ・シュタイナー(1861年生、1925年没)が創始したシュタイナー教育。教育は子どもが「自由な自己決定」を行い得る人間になるためのものと考えられています。
1919年にシュツットガルトで初めてシュタイナー学校が開校。シュタイナーは、国家が教育制度を支配下に置き、学校が国家や経済界が求める人材(労働機械)の育成場になっていることを批判。学校を国家及び経済界から解放することを訴えました。
社会に適応できず、社会から目を背け、現実逃避するタイプの人間は、国家や経済界が教育を支配する時に生まれると指摘。最近の日本のことが気になります。
シュタイナー教育はナチス政権下で崩壊したものの、大戦後に復活。シュタイナー学校はドイツ基本法第7条に定める学校と認定され、1970年代以降増加。20世紀末時点でドイツ国内に約180校、世界全体で約780校。ドイツに次いで、米国に多いそうです。
シュタイナーは、人間は7年ごとに節目が訪れ、7歳までは体作り、14歳までは感情を育むこと、21歳までは世界について広く深く考え、思考力、知力、判断力を養うことが大切と主張しました。
こうした過程を経てバランス良く育った者を「自由を獲得した人間」と表現。この「自由」とは自由放任の自由ではありません。権威や世の中の動向に影響されず、自ら思考し、自己決定できる状態がシュタイナーの「自由」です。
日本でも1970年代以降、競争主義への反省、代替教育(オルタナティブ教育)、自由教育の象徴として関心が高まり、とくに子安美知子(1933年生、2017年没)の著書「ミュンヘンの小学生」(1975年)を契機にシュタイナー教育の名前が知られるようになりました。
1990年代には育児雑誌等に掲載された「シュタイナー的子育て」がブームになり、我が家の子どもたちが通っていた幼稚園でも参考にしていたようです。
子どもたちの心を豊かにし、創造力を養い、人間としての倫理観と優しさを育むという称賛の声がある一方、自由な教育の代償として、学力問題や社会への適応力の観点から懸念を示す向きもあります。教育に完全かつ絶対的なノウハウはありません。
3.OECD最低と世界一
一昨年、彗星のように登場して圧倒的な強さを見せる藤井聡太棋士。幼児の頃にモンテッソーリ教育を受けていたそうです。
イタリアの精神科医マリア・モンテッソーリ(1870年生、1952年没)が臨床治療の過程で生み出した教育法。モンテッソーリ教育の施設は「子どもの家」と呼ばれ、1907年にローマで初めて開校。欧米を中心に普及し、現在米国には3000施設以上あるそうです。
「子どもの家」では遊びを重視し、創造性や思考力を高める「教具」と呼ばれる木製玩具を駆使。子どもの「遊び」は「お仕事」。自分でやりたいことを見つけ、「お仕事」に集中し、後片付けも「お仕事」。自主性、自発性を徹底して育みます。
「お仕事」に没頭する「集中現象」下にある子どもは、納得いくまで続ける集中力、自由な創造力、工夫する思考力、自分で決める判断力等が高まります。
イエナ大学(ドイツ)教授ペーター・ペーターゼン(1884年生、1952年没)が1924年に創始したイエナ教育。子どもたちを「根幹グループ(ファミリーグループ)」と呼ばれる異年齢混在学級に編成します。
毎年、年長の子どもが次のグループに進学し、年少の子どもがグループに新しく参加。学校では、会話、遊び、仕事(学習)、イベントの4つが基本活動。学校を、子どもと教師と保護者の共同体とみなしています。
イエナ教育が最も盛んなのはオランダ。フレネ教育や、欧米各地の無学年制学校や異年齢混在学級の実践からも影響を受けています。
1962年に最初のイエナ学校が開校。オランダ憲法第23条による「教育の自由(教育理念・学校設立・教育方法の自由)」「教育無償化」の保障に支えられ、イエナ教育を採用する学校は普及、発展しました。
上述のフレネ教育。フランスの教師セレスタン・フレネ(1896年生、1966年没)が公立学校で始めた教育。やはり異年齢混在学級を編成し、子どもたちの自主性を尊重。現在では、スペイン、ドイツ、ブラジルなど世界38ヶ国に広がっています。
ところで、幼児教育の公的財政負担割合はOECD(34ヶ国)平均82.8%に対し、日本は最低の47.9%(2015年データ<以下同>)。初等から高等教育の公財政教育支出対GDP比はOECD平均4.5%に対して、日本は3.1%でやはり最低。
高等教育に限定した同比もOECD平均1.0%に対して、日本は0.4%で最低。逆に言えば、私費負担割合はOECD平均30.7%に対して、日本は英国(71.7%)に次ぐ高さ(67.6%)。
貧弱な教育予算は、その結果として「6人に1人の貧困児童」「バイトに没頭し、奨学金返済に困窮する学生」を生み出しているほか、教員数不足、学級人数の多さ、教員給与の低さ等につながっています。
対照的なのがオランダ。ユニセフが先進国を対象に調査、発表している「子供の幸福度リポート」。最新版では、豊かさ、教育、生活習慣等でオランダが1位。総合点で29ヶ国中の「世界一」を獲得。
歳入全体の約1割を教育に投入する「世界一」のオランダと「OECD最低」の日本。「世界一」オランダの教育事情を少し整理してみます。
オランダの義務教育は5歳から16歳。他国籍の子どもや亡命者や難民の子どもも対象です。義務教育は子どもが5歳になった翌月1日から。つまり一斉入学ではなく、子どもの誕生日のタイミングで学校に通い始めるそうです。
教材や教え方は学校ごとの裁量。小学校は午前8時半から午後3時までが原則(水曜日のみ半日)ですが、始終業時間等は学校ごとに自由に決められます。
自由な運営を保障されたオランダの小学校にはいくつかの種類があります。第1は公立小学校。シュタイナー、モンテッソーリ、イエナ等に沿った教育を提供する学校もあります。
第2は私立小学校。主に宗教系(カトリック、イスラム等)。オランダの子どもの70%が私立に通っていますが、無料(全額公費)のため、親や本人たちは私立であることをほとんど意識していないそうです。
第3は移民の子ども等が最初に通うオランダ語補習校。もちろん無料。オランダ語や基礎学力を身に付け、一般の学校に転校していきます。外国人や移民の子どもであっても、オランダという国に馴染めるように工夫されています。
義務教育は無料。遠足費や学校でのリクレーション費は自己負担ですが、家庭が困窮している場合は自治体が肩代わり。そのため、学費を心配することなく希望する学校に入学を申し込むことができます。
オランダの教育費無料に至る経緯は19世紀に遡ります。1848年、憲法で「教育を提供する自由」を保障。この段階で公立は原則無料となったものの、私立は自力運営。
私立も無料にすることを求める宗教系学校と政府の交渉は70年近くに亘り、1917年に決着。公立・私立を問わず、無料になりました。以来、オランダは既に100年も教育費無料。移民増加等による課題も抱えていますが、教育費無料を国民は支持しています。
オランダでは親の学歴が低いほど家庭での学習支援が少ないと仮定し、学校が受給する交付金が増加。親の学歴は入学時に自己申告。卒業証明書等の提出義務はないそうです。
オランダの教育が完璧という訳ではありません。学校の自由選択によって、移民と自国民の子どもたちの学校分離が進んでいるという指摘も聞きます。
それにしても日本とは別世界。昨年、議員会館を訪問してくれたオランダと教育制度が似ているデンマーク(大学は自国民も外国人も無料)の若者。目を輝かせながら「デンマーク人は国の教育制度に満足しています」と堂々と語っていた姿が印象的です。(了)