早いもので、今年後半には米国次期大統領選挙の前哨戦がスタート。現状ではトランプ再選を予想する米国通が多数派。その理由は、メチャクチャなようで実は一定の方向に進んでいるトランプ政権の動き。「アメリカ・ファースト」を貫徹し、そのためには同盟国を騙し、敵対国と水面下で妥協することも厭わない超現実主義。日本のトランプ評は内政の混乱に目を奪われ、外交の深層への関心が弱いような気がします。日本も超現実主義で米中や米国内の動静を分析することが肝要です。
1.中国の罪状
昨年10月4日、米国ペンス副大統領がワシントンのハドソン研究所で対中政策に関して演説。40分以上にわたり、「邪悪な中国」との戦いを国民に呼びかけました。
中国を「米国に挑戦する国」と断定。「大統領と米国人は後ろに引かない」と国民に訴え、ニューヨーク・タイムズは「新冷戦への号砲」と報道しました。
演説では中国が困っていた時代に米国が救いの手を差し伸べたことを強調。にもかかわらず、中国は「恩を仇で返している」という組み立てです。
例えば、中国が西欧や日本の半植民地化した際、米国だけが中国の主権を尊重。伝道師を送り、清華大学を設立。21世紀入り後は、中国をWTO(世界貿易機関)に招き入れ、米国市場を開放し、経済成長に貢献してきたと主張。
「だが、我々の中国への好意は共産党政権によって裏切られた」と続きます。冷戦終了後、米国歴代政権は中国が自由化、民主化することを期待したものの、事態は逆行。
WTO加盟後に中国経済は9倍に拡大し、世界第2位の規模に浮上。しかしその間、不公正な為替操作、技術移転の強要、知的財産の盗用等を続け、米国の寛容さも「もはやこれまで」という怒りの演説です。
この論理は、2015年に出版されたマイケル・ピルズベリー著「100年マラソン」の内容そのもの。ピルズベリーは現在、ペンスが演説を行ったハドソン研究所の中国戦略センター所長ですから、スピーチライターは「推して知るべし」。
同著の内容は「中国は1949年の建国から100年かけて、世界の覇権を奪還する計画を実行中」として、米国内の親中派(パンダ・ハガー)に警告。
ピルズベリーは元CIAのエージェントであり、中国の専門家。同著の背景には政治的な駆け引きが垣間見えます。詳しくはメルマガ349号(2015年12月4日)をご覧ください。
演説では「中国の罪状」として4点を指摘。第1は「米国の覇権への挑戦」。2015年に発表された「中国製造2025」計画に基づき、企業買収や産業スパイによって米欧日から知的財産を獲得し、ロボット、AI、バイオテクノロジー等の先端産業の支配を画策。
軍事的にも西太平洋からの米国の駆逐を画策。「南シナ海を軍事基地化しない」との約束を破り、対艦・対空ミサイル基地として人工島を建設。「航行の自由作戦」展開中の米イージス艦に中国軍艦が接近し、衝突しかけたことにも言及しています。
第2の罪状は「人権侵害」。宗教弾圧に加え「ジョージ・オーウェル的世界」に突き進む中国の危険性を断罪。中国に覇権を握らせてはいけないと訴えています。
キリスト教徒、仏教徒、イスラム教徒が迫害を受け、昨年9月には中国最大の地下教会閉鎖を強行。十字架を壊し、聖書を燃やし、信者を投獄。共産党によるカトリック神父任命を認めるようにバチカンに圧力をかけ、チベットでは過去10年間に150人の僧侶が抗議の焼身自殺。新疆では100万人のウィグル人イスラム教徒を投獄。
さらに、インターネット上での自由な情報へのアクセスを規制し、2020年までにデストピア(ユートピアの反対)的な完全管理社会の構築を画策していると糾弾。オーウェルやデストピアに関してはメルマガ333号(2015年4月15日)をご覧ください。
第3は「世界への影響力拡大」。アジア、アフリカ、欧州、中南米等に不透明な融資条件の「債務外交」を展開し、影響力を拡大。相手国を「債務の罠」に陥れていると指摘。
スリランカは債務返済ができなくなり、ハンバントタ港を中国に99年間租借。かつての英国への香港租借を彷彿とさせます。いずれは中国海軍の基地化するでしょう。
ギリシャのピレウス港、パキスタンのグワダル港、アデン湾に面するジブチも同様。ジブチには中国初の海外軍事基地を建設。世界の「チョークポイント(喉元)」を着実に掌握。
ダーウィン(豪)、ゼーブルッヘ、アントワープ(ベルギー)、バレンシア、ビルバオ(スペイン)、ヴァードリーグレ(伊)、ロッテルダム(蘭)等の西欧諸国の港湾への出資比率を高め、支配力を強化。その先兵となっているのはコスコ(中国遠洋運輸集団)です。
鉄道建設(エチオピア)、新首都建設(エジプト)、ベネズエラのマドゥロ政権への融資等、他の手段でも世界への影響力を拡大。マドゥロ政権への米国の強硬姿勢の背景は明白です。
第4は「米国への介入」。新冷戦の決定的要因とも言えます。ペンスは、中南米等の「米国の裏庭」を荒らされるだけではなく、「家の中」に土足で踏み込まれていると明言。
米国の産業界、映画界、大学、シンクタンク、マスコミ、さらには地方政府、連邦政府にまで中国の影響力が波及。米国世論や選挙への工作も進めており、中国はトランプ以外の大統領を望んでいると述べました。
全米150の大学に支部を持ち、50万人近い中国人の学生と学者で構成する団体が存在し、彼らの言動は中国当局が監視。大学やシンクタンクは中国から資金提供を受け、言論を方向付けされていると指摘。昨年8月、米議会の米中経済安全保障問題検討委員会がそうした事実を明らかにした報告書を発表しました。
CGTN(中国国際電視台)と中国国際放送局は親中番組を米国の主要都市で放送し、7500万人の米国人が視聴。米国と世界で数10億ドルの宣伝費用を投じていると指摘。
昨年6月、中国政府は「宣伝と検閲に関する通知」という指示文書を発出。「正確に、かつ注意深く、米国世論を分裂させねばならない」と明記されていることを暴露。
「反トランプ」の急先鋒のNYタイムスもペンス演説を批判せず、「新たな冷戦」と論評。2000年代、米政府が中国を「責任ある利害関係者(responsible stakeholder)」と表現して時期と比較すると、隔世の感です。
しかし、米中が水面下でどのような交渉をしているかも藪の中。日本は全てを知らされていると思わない方が賢明です。米中貿易戦争の不可思議な深層については、メルマガ406号(2018年9月24日)をご覧ください。
2.ジャパン・ハンドラーズ
ペンス演説は、東西冷戦を宣言したチャーチルの「鉄のカーテン」演説(1946年)やソ連を指弾したレーガンの「悪の帝国」演説(1983年)に準える向きもありますが、日本ではあまり話題になっていない気がします。
ペンス演説と時を同じくして発表された対中国制裁関税。FTの論説「対中冷戦へと進む米国」は「ホワイトハウス内だけで拙速に決めた政治判断ではない」と評し、米国内ではペンス演説も制裁関税も用意周到に実行されたものとの受け止め方です。
日本ではトランプの受け止め方が画一的であり、トランプ自身はともかく、その背景にある政治力学や米国の深層への洞察が少し浅いように感じます。
同盟国だからと言って、深層や事実関係を米国から伝えられているなどと、楽観しないことが重要です。このメルマガで何度も指摘していますが、「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国はない」。それが国際社会の現実であり、米国も例外ではありません。
そういう観点から、ペンス演説の前日(10月3日)に発表された「アーミテージ・ナイレポート」(第4次アーミテージ・レポート)も気になります。タイトルは「21世紀における日米同盟の刷新」。知日派リチャード・アーミテージとジョセフ・ナイによるものです。
中国や北朝鮮の脅威を強調し、自衛隊と在日米軍の同盟深化を提案。日本に国内総生産(GDP)1%以上の防衛支出を求め、両国がアジア、世界で強いリーダーシップを発揮する必要性を訴えています。
自衛隊と在日米軍が別々の基地を共同使用することに言及。つまり、自衛隊の基地から米軍が出撃することを意味します。また、中国の海洋進出を念頭に、西太平洋における日米共同統合任務部隊の創設を求めています。
さらに、明確に有事とは言えない「グレーゾーン事態」への日米共同対処、対北朝鮮の日米韓3ヶ国による共同軍事演習の必要性を訴えています。
レポート発表前後から日本の防衛政策はその内容どおりに進んでいます。2ヶ月後の昨年12月18日、新たな「防衛大綱」と「中期防衛力整備計画(中期防)」が閣議決定。
防衛費は総額27兆4700億円。現中期防から約2.8兆円上積みし、過去最高額。対中国への備えを求める米国の意向を汲み、米国製高額装備品の調達が押し上げ要因です。
注目は海上自衛隊ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」と「かが」の事実上の空母化。短距離離陸・垂直離着陸機(STOVL)を運用可能とする改修を行うことを明記。
これに伴い、既に42機購入決定済みの最新鋭ステルス戦闘機F35Aを105機追加購入し、147機体制を構築。追加分のうち42機はSTOVLに変え得るとし、事実上F35Bの購入となる見通し。
「いずも」「かが」はあくまで「多機能護衛艦」であり、「空母化」による敵地攻撃能力獲得ではなく、新中期防は「憲法上保持し得ない装備品に関する従来の政府見解には何らの変更もない」と記しています。つまり、F35Bを常時艦載する「艦載機部隊」を作るのではなく、必要時のみ艦載するとの説明です。
陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア(陸上イージス)」の整備、人工知能(AI)導入や無人航空機(ドローン)整備、水中ドローンの研究開発、電磁波攻撃への対処、宇宙・サイバー領域での対応能力強化等も明記。戦時・平時の判別の難しい状況での「ハイブリッド戦」への対応も重視しています。
レポートの執筆者であるアーミテージとナイは「ジャパン・ハンドラーズ」。単なる知日派ではなく、米国の軍産複合体等の利益を代表し、米国の利益を守るために日本政府とタフ・ネゴシエーションを行う専門家集団です。
日本政府を担う政治家はジャパン・ハンドラーズとの良好な関係なくして政権を担うことは困難とも言われています。ジャパン・ハンドラーズは言わば日本政府の黒子。
海軍士官出身のカート・キャンベル、政治学者のマイケル・グリーン等もよく知られていますが、代表格は今回のレポート執筆者、アーミテージとナイ。共和党系、民主党系のジャパン・ハンドラーズの双璧です。
アーミテージは1945年生まれ。海軍少尉としてベトナム戦争に従軍。退役後、レーガン政権、ブッシュ(息子)政権で高官を務め、「ブッシュの右腕」とも呼ばれました。
トランプ政権でもアーミテージの出番だったはずですが、選挙期間中に「ヒラリーに投票する」と明言していたことが祟って登用見送り。しかし、ここに来て再浮上です。
ナイは1937年生まれの学者。カーター政権、クリントン政権で高官を務め、2014年には日本の旭日重光賞を受賞しています。
アーミテージの名が日本で広く知られるようになった契機は2000年に発表した「アーミテージ・レポート」。日本に対して有事法制の整備等を提言していました。
その後も第2次(2007年)、第3次(2012年)のレポートを発表し、ジャパン・ハンドラーズとしてのプレゼンスを確立。ナイは第3次レポートから共同提言者となり、集団的自衛権の行使容認等、日本の防衛政策転換に重要な影響を与えてきました。
第4次レポートとペンス演説。同じタイミングで表明された米国の意思をどのように理解すべきか。上述の「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国はない」という国際社会の現実を、今一度噛み締めるべきです。
3.グレート・ウォール
トランプは「メキシコとの国境に万里の長城を築く」と主張し、大統領選挙に勝利。2019会計年度予算で「万里の長城」建設費用として57億ドルを要求しましたが、14日に議会で可決された金額は13億7500万ドル。
これを受け、トランプはメキシコ国境からの不法移民や麻薬流入は「安全保障上の脅威」として「国家非常事態」を宣言。議会承認を得ずに最大約81億ドルを「万里の長城」建設に投じることを可能としました。
連邦政府を監視する下院司法委員会は「議会の予算編成権を侵害した疑い」で「国家非常事態宣言」の合法性調査を開始。
カリフォルニア、ニューヨーク等、16州の知事が「国家非常事態宣言」は憲法違反だとして、非常事態と判断した理由についてホワイトハウスに回答を求めるとともに、18日、「国家非常事態宣言」に基づく大統領権限行使の差し止めを求める訴えを起こしました。
下院のペロシ議長、上院のシューマー民主党院内総務は「議会の憲法上の権限を守るため、議場、裁判所、公衆の場、あらゆる機会を活用する」との共同声明を発表し、「万里の長城」建設阻止に全力を挙げる姿勢を表明。
年末年始に政府閉鎖に追い込まれた「万里の長城」を巡る対立は第2幕に突入。トランプは最高裁まで争う姿勢を示しています。
米国では政府の国債発行等の債務上限が法定されており、第1幕の手打ちの結果、現在は3月1日まで上限を適用しないことになっています。第2幕が3月1日までに収束しないと、再び政府閉鎖という事態に陥りかねません。対立が長期化すると、財源が尽き、債務不履行(デフォルト)の懸念もあります。
米国では大統領が「非常事態宣言」を行うこと自体は珍しいことではありません。典型例は、外国の脅威がある場合に大統領権限で関係者の資産凍結を行う際の「非常事態宣言」です。
昨年11月にも中米ニカラグアの混乱を米国の安全保障上の脅威と見なし、関係者の資産凍結を行うために宣言。過去、テロや感染症に対応するためにも宣言されました。
1979年の対イラン資産凍結を含め、現在約30件の過去の宣言が有効のようです。因みに、フランスでは2015年のパリ同時多発テロ事件で発令され、2017年10月31日まで延長されました。戦後の日本には「非常事態」に関する根拠法令はなく、類似する制度として災害対策基本法に基づく「災害緊急事態」、警察法に基づく「緊急事態」の布告があります。
トランプと議会の対立の先行きは予測不能ですが、やがて大統領と議会、双方の拒否権(veto)の応酬になりそうな気がします。予め整理しておきます。
大統領(及び州知事)の拒否権として、合衆国憲法第1条第7節では以下のことを定めています。
第1項で議会が可決された法案が大統領に送付されること、第2項で大統領が当該法案を承認する場合は法案への署名によって法律が成立すること、署名をしなくても議会会期中に日曜を除いて10日以上経過した場合は法律が成立することを定めています。
第3項では、大統領が法案を承認しない場合、法案に署名せず、承認できない理由を明記した別書を添えて、日曜を除いた10日以内に議会に差し戻すことを定めています。これが「拒否権」です。
第4項では、「その場合、議会は大統領が承認できない理由を十分に考慮したうえで、必要に応じて法案に修正を加えて大統領に再送付する」か、または第5項で「両院で3分の2以上の多数で再可決し、大統領の署名なしで法律を成立させる」ことを定めています。
第5項は議会の「拒否権を覆す権利(override)」です。しかし、議会両院で3分の2以上の賛成を得ることは至難の業。過去に拒否権が行使された法案が第5 項の「オーバーライド」によって法律になった割合は10%以下だそうです。
第6項では、以上の手続きが会期内に行えない場合、廃案になることを定めています。会期末に第6項を利用し、日曜を除く10日以内に議会から送付された法案を大統領が手元に留め置いて廃案にすることを「握り潰し拒否権(ポケット・ビートー)」と言います。
拒否権を最も多用した大統領は第32代フランクリン・ルーズベルト。12年間の在任中に635回行使。逆に第3代トーマス・ジェファーソンは8年間の在任中に一度も行使せず。未行使の大統領はジェファーソンを含んで7人です。
「万里の長城」は英語では「グレート・ウォール」「チャイニーズ・ウォール」と呼ばれています。大統領と議会の争い自身が「万里の長城」並みに長くなりそうです。(了)