メルマガを月2本ペースに戻しました。今後ともご愛顧、よろしくお願い致します。多少でも読者の皆様のお役に立てば幸いです。来週には内閣改造が行われますが、一刻も早い国会開会が必要です。災害対策のための補正予算編成は当然のこととして、内外の課題、とくにこの局面、国際情勢に関して、「国権の最高機関」が様々な視点、角度から、十分に議論すべきです。そのことが、より思慮深い国の運営につながります。
1.報復に対する報復
米国トランプ大統領は、本日(24日)から中国製品(5745品目)に対する制裁関税第3弾を発動。第1弾の340億ドル(7月6日)、第2弾の160億ドル(8月23日)、第3弾の2000億ドルを合計すると2500億ドル。中国からの輸入の半分に相当します。
米国による制裁関税の背景には、中国の知的財産権侵害、それによる軍事技術の流出等、安全保障上の理由があることから、第1弾、第2弾の対象は電子部品、産業機械、半導体等の工業製品でした。上乗せ関税は25%。
第3弾は家具、家電、食料品等の消費財。第2弾までの措置に中国が同規模の報復をしたことから、「報復に対する報復」という位置づけ。年内に10%の関税を上乗せし、来年1月1日からは第1弾、第2弾と同じ25%に引き上げるとしています。
中国は第1弾、第2弾の時と同様に報復を予告。対象は600億ドル。トランプ大統領は、「報復に対する報復」に中国が「報復」した場合、中国からの輸入の残り半分2500億ドルも対象とし、全輸入品に制裁を課すことを表明済み。米中貿易戦争はエスカレートの一途です。
第3弾の対象には消費者向けの中国製品(中国で生産した米国企業の逆輸入製品等)も含むことから、米国内では「関税を払うのは中国でなく米国人だ」との反発が強いそうです。もっともなことです。
それでもトランプ大統領が第3弾に踏み切った背景には、11月の中間選挙対策としての意味もあると言われています。
第1弾、第2弾の制裁関税の影響によって、中国で生産した製品を米国に逆輸入する計画を撤回する企業が出始めています。製造業で働く白人中間層を支持基盤とするトランプ大統領は、こうした動きが中間選挙の梃入れになると考えているそうです。
米中貿易戦争の基本的背景は、第1に中国の産業保護政策による貿易不均衡、第2に知的財産権侵害、技術移転強要等による安全保障上の懸念。ここに第3の中間選挙対策といった要素が加わることで、本質が見えにくくなっています。
意外に知られていないようですが、第1弾、第2弾の際には、中国からの輸入規模第1位と第2位の携帯とPCを除外。今回の第3弾でも、中国から逆輸入されるアップルウォッチを除外。
既に米国と中国のIT産業は人材、資金、技術の面で複雑に利害が絡み合っており、表面的な報道からだけでは、米中間の深層は窺い知れません。
とは言え、米国の狙いどおり、中国には影響が出ています。中国経済への影響を懸念する株式市場では、上海総合指数が9月入り後に2016年1月の「人民元ショック」後の最安値を更新。2014年11月以来約4年振りの安値であり、8割の銘柄が値下がりするほぼ全面安の展開でした。
市場は「人民元ショック」時の安値(2655)が政府系資金(俗称「国家隊」)による買い支え発動の目安と受け止めていましたので、それを割り込んだため、当面は下値を探る動きが続くでしょう。
米中貿易戦争がアジア経済にも影響するとして、香港、韓国、シンガポール等のアジアの主要市場の株価も下落。
リスク回避を模索する資金は米国株や日本株に流入。そのためか、日本では米中貿易戦争の影響に対する警戒感が相対的に弱いような気がします。「空気」に流されやすく、根拠のない「正常化バイアス」に影響されるのは日本社会の特徴。
このメルマガで何度も取り上げている点です。「空気」の初出はメルマガ297号(2013年10月10日)、「正常化バイアス」の初出は同303号(2014年1月6日)。以来、筆者としては、この日本的特徴を凝視し続けています。
この局面、株価上昇に浮き足立つことなく、世界の政治経済の構造変化や情勢を客観的かつ冷静に観察することが、極めて重要だと思います。
2.新興国トリプル安
米中貿易戦争とともに、もうひとつの世界経済の心配の種が8月10日のトルコショック。これを機に、多くの新興国通貨が下落しています。
とくに、トルコ・リラ、アルゼンチン・ペソは約3割下落。市場では、アルゼンチンのデフォルトリスクを懸念する声も出ています。
トルコショックの背景を簡単に整理しておきます。直接の契機は、トルコが米国人アンドリュー・ブランソン氏を拘束していることに対し、トランプ大統領がトルコからのアルミと鉄鉱の輸入に制裁関税を課すことを発表したことです。
これを受けてトルコ・リラが急落。投資家はリスク回避取引を進め、新興国の株、債券、為替等の市場に波及。それをトルコショックと呼んでいます。
ブランソン氏はキリスト教福音派の牧師。2016年7月にトルコで起きたクーデター未遂事件に関与した疑いで拘束されていますが、キリスト教福音派はトランプ大統領の有力な支持基盤。そのため、トランプ大統領は同氏の解放に執心しています。
また、トルコのエルドアン大統領はクーデター未遂事件の首謀者は米国在住のイスラム教指導者ギュレン師と断定。米国に対してトルコへの送還を要求しています。
さらに、米国とトルコの間ではイラン問題も紛糾。核開発疑惑に起因するイラン制裁との関係で、米国財務省はイランに協力したトルコ国営銀行を捜査中。
ブランソン氏とイラン制裁の2つの問題に関してトルコが米国の意に従わないことから、トランプ大統領はトルコの内相と法相に制裁を科し、そのうえ上述のアルミ、鉄鋼輸入への制裁関税を決定。
中国のみならず、トルコやその他の国に対しても、制裁関税を国家間交渉の手段として駆使するトランプ大統領。関税引き上げは企業の資材調達コスト、消費者の購買コストを上昇させることから、米国内でも批判が高まっています。
また、トルコはNATO(北大西洋条約機構)の一員ですが、米国との対立を睨んでロシアや中国が接近中。米国の安全保障関係者は、同盟国トルコへの厳しい対応が他の同盟国の米国離れも誘発することを懸念しているそうです。
さらに、トルコ経済混乱は欧州の金融機関経営にもマイナス。既に、トルコ向け債権を保有する欧州金融機関の株価が下落。
トランプ、エルドアン両大統領の強硬姿勢が、世界の政治経済を不安定化させることを懸念する市場参加者が増えています。新興国の通貨、債券、株価が下落するトリプル安に至るリスクが高まっている印象です。
具体的に影響が懸念される新興国は、経常赤字が大きく、対外債務に比べ外貨準備高が少ない国々。トルコ、アルゼンチン以外では、南アフリカ、ブラジル等でしょう。
南アフリカ・ランドやブラジル・レアルが下落すると、輸入物価が上がり、高インフレをコントロールできなくなり、実体経済はさらにダメージを受けます。
新興国経済の発展は、過去数年間、投資家にとって安心材料として扱われてきました。その状況が崩れることは、リスク回避の動きとして、ドル、円、ユーロといった先進国通貨への投資が増え、日米欧の株価にはプラスとの見方もあります。
こうした「空気」がやはり根拠のない「正常化バイアス」につながり、「みんなで渡れば恐くない」状況を生み出します。
過去数年間、新興国経済の発展が日本を含む主要国の海外投融資等の基盤となっていたのですから、その前提が崩れて起きる主要国の通貨高、株高を喜ぶのは論理矛盾。
しかし、株高になれば、他のリスクや深層を見失いがちになる傾向が相対的に強いのが日本市場の特徴です。
一方、その点では米国は相対的に冷静かつ戦略的。8月24日、FRB(米連邦準備理事会)パウエル議長が利上げを急がない姿勢を表明。新興国経済に対する配慮ですが、そのことが結果的に低金利と株高の併存状態をさらに生み出しています。
世界経済は、ブレグジット(英国のEU離脱)、米中貿易戦争、中国経済減速、米国中間選挙等の不透明材料を抱えていますが、トルコショックによって、さらに考慮すべき材料が増加。相互の因果関係を分析するには、十分な情報収集と整理が肝要です。
3.ジジ抜き
2008年9月15日のリーマンショックから10年。その間に、国際金融の世界では劇的な構造変化が起きています。
国際決済銀行(BIS)の統計によると、今年3月末の海外投融資(自国以外への投融資)をみると、ドイツが過去10年間で3割減の2.2兆で第3位。米国が同2割減の2.8兆ドルで第2位。
そして日本。何と4割増の3.7兆ドルで堂々第1位。過去10年、中国の台頭等によって経済的プレゼンスが曇りがちの日本に関して、意外に知られていない事実です。
これは誇るべきことなのか、熟考すべきことなのか、そこが問題です。最近の日本経済は、異常な金融緩和が続き、資金利鞘が薄く、金融機関経営を圧迫。つまり、国内貸出を伸ばせないために、結果的に海外に活路を求めている構図です。
しかも、これほどの規模であることには筆者としても少々驚き。日銀に勤務していた1980年代から1990年代にかけて、バブルの影響で資金力を増した邦銀が「現地貸」と称して海外投融資を伸ばしていた頃を思い出します。
世界経済は1970年代から金融資本主義の様相を強めており、主要国の金融緩和拡大が断続的にどこかでバブル崩壊を起こし、「ババ(婆)抜き」の後に再び次のゲームに向かう展開が続いています。
北欧不動産バブル、日本の資産バブル、アジアバブル、ITバブル、そしてサブプライムショックとリーマンショックにつながったデリバティブバブル。その後も中国バブル、資源バブル、新興国バブルと、主要なものだけでもいくつも記憶に残っています。
因みに、中国は国際決済銀行に参加していないため、中国の海外投融資規模はわかりません。中国は国内資金需要が旺盛なため、海外投融資はまだ日本の4分の1から3分の1程度ではないかと推測されます。一度、確認してみたいと思います。
こういう状況下の米中貿易戦争とトルコショック。世界経済に深刻な影響を与えそうな事態ですが、懸念が現実化した場合、どこが「ババ」を引くのか。
米国が主役のもうひとつの深刻なリスクがあります。米国のWTO(世界貿易機構)離脱です。米中貿易戦争の延長線上のリスクでもあります。
「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領は、米国の利益に反すると考える多国間の枠組みからの離脱を繰り返しています。
大統領就任直後の2017年1月、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)から離脱。同6月には、地球温暖化対策のパリ協定から離脱。同10月には、反イスラエル的偏向があると断じてユネスコ(国連教育科学文化機関)から離脱。
2018年入り後も5月にイラン核合意から離脱、6月にはやはり反イスラエル的偏向を理由に国連人権理事会から離脱。ユダヤ人社会もトランプ大統領の支持基盤であることがよく理解できる行動です。
因みに、TPPの大西洋版であるTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)が暗礁に乗り上げたのはトランプ大統領誕生前の2016年。要するに、米国社会の底流にあった傾向を利用し、大統領選に勝ち、以後もその道を進んでいます。
米国がWTOから離脱すると、第2次大戦後に米国主導で作り上げてきたGATT(関税及び貿易に関する一般協定)に始まる貿易自由化と多国間の枠組みは崩壊します。
そもそも、トランプ大統領は選挙中からWTO離脱の可能性を示唆。大統領就任後の2017年のUSTR(米国通商代表部)報告書では、中国のWTO加盟後(2001年)後に対中貿易赤字が4倍増、国内製造業雇用者が500万人減となったことを批判。2018年の同報告書では「米国が中国のWTO加盟を支持したのは誤りだった」と断じました。
因みに、WTO加盟を認める方針を決定した当時の中国首相は改革派の朱鎔基。自動車関税(当時80%から100%)引き下げ、保険・通信の市場開放等、大幅な譲歩案を梃子に米国議会や産業界を説得。一方、米国の中国政策関係者も「中国の民主化につながる」と踏んでいたようです。
しかし、現状はご承知のとおり。米国としては「軒先を貸して母屋を取られた」感じでしょうか。ポストWTOの新たな体制を模索しているのかもしれません。
去る7月1日、米国メディアが、米政府がWTOルールに基づかず、独自に関税を適用できる権限を大統領に付与する法案を作成していると報道。実際に立法されれば、事実上のWTO脱退です。報道ではトランプ大統領自身が作成を指示し、商務省やUSTR等が関与したとされています。
一方、米国の制裁関税に関するWTO提訴も急増中。2018年前半のWTO提訴事案の約70%は米国による制裁関税に関するもの。当然の動きとは言え、この傾向が続くと、米国のWTO離脱のインセンティブを高めるでしょう。
離脱の手続きは簡単。WTO設立を決めた「マラケシュ協定」第15条には、加盟国が事務局長に離脱意思を書面で通告、事務局長受理後6か月で離脱が成立。もちろん、1995年のWTO発足以来、離脱した国はありません。
上述のとおり、ブレグジット、米中貿易摩擦、トルコショック等、世界経済を揺るがす火種が増え続けています。そこに米国のWTO離脱が加わると、市場ではリスク回避の動きが強まり、各国経済は混乱。
その際、海外投融資を最も多く抱える日本は「ババ」を引く可能性があります。海外投融資のオペレーションを再検討するタイミングです。
様々なハラスメントが問われる時代ですから、「ババ抜き」は今やNGワードかもしれません。「ババ抜き」は英語では「Old Maid(年配の女性)」と言います。
日本ではジョーカーを加えてゲームしますが、元々はクィーンを1枚抜いて行います。したがって、最後に引くのがクィーン。それに因んで「Old Maid」となり、日本では1907年(明治40年)の「世界遊戯法大全」に和訳として「お婆抜き」の名前で紹介されたことから、以後「ババ抜き」の呼称が定着していったそうです。
この局面、米国大統領の名前が「トランプ」というのも出来過ぎです(笑)。「トランプ」の語源もメルマガ359号(2016年5月9日)で紹介しました。
日本の「トランプ」は英語では「プレイングカード」と呼ばれています。英語の「トランプ」の本来の意味はゲームの「切り札」。
明治時代、西洋人がカードゲームをしながら「トランプ(切り札)」と発言するのを聞いて、ゲームの名前と勘違いしたのが名前の由来。
「トランプ」のWTO離脱で憂き目に遭うわけですから、ここは「ババ抜き」ではなく、キングを抜く「ジジ(爺)抜き」と表現しておきましょう。日本経済、「ジジ抜き」リスクを回避する準備をする局面です。(了)