【Vol.401】仮想通貨の虚構

黒田日銀総裁の2期目がスタート。昨日(5月22日)の参議院財政金融委員会の日銀半期報告審議において、黒田総裁に今後の金融政策運営の基本方針について質問。まだまだ超緩和を続けるそうですが、異常とも言える超緩和の長期化は、金融機関の収益悪化やバブル的現象等の副作用を深刻化させつています。様々な分野で異常な現象が顕現化していますが、「仮想通貨」バブルもそのひとつ。今回のメルマガは、「仮想通貨」を利用した資金調達手段、ICOについてお伝えします。


1.トークンセール

ゴールデンウィーク明けに、「世界でICOによる資金調達が急増、第1四半期だけで63億ドルに達し、昨年の年間実績(54億ドル)を超えた」とのニュースが流れました。

ICOとは「Initial Coin Offering」の略。イニシャル(最初の)コイン(通貨)によるオファリング(資金調達)という意味。ここで言うコイン(通貨)とは「仮想通貨(暗号通貨)」のことです。

メルマガ311号(2014年5月7日)で取り上げた「ビッドコイン」も「仮想通貨」。ICOはその延長線上の話題です。

ICOによる資金調達は数年ほど前に登場。当初は、「仮想通貨」事業者が新たな「仮想通貨」を開発するために、「仮想通貨」を発行して資金調達を行うことを意味しました。

最近では、新たな「仮想通貨」開発に限定されず、「仮想通貨」による資金調達一般をICOと呼ぶようになり、資金調達の新たな手法として注目される一方、懸念の声も聞かれます。

ICOは「新規仮想通貨公開」と訳される場合があるほか、「クラウドセール」「トークンセール」と呼ばれることもあります。

欧米諸国で盛んな「クラウドファンディング」。インターネットで事業内容を告知し、投資家から資金を集める手法。日本でもそれなりに定着しました。

ICOは「クラウドファンディング」的な面もありますが、資金調達の際に、その見返りに「仮想通貨」を発行する点が異なります。

「仮想通貨」の代わりに「株券」や「証書」を発行すればIPO(新規株式公開)や通常の資金調達。「株券」や「証書」の代わりに「仮想通貨」を発行する点が「新規仮想通貨公開」と呼ばれる理由です。

因みに「クラウド(cloud)」は「雲の中のように実態のよくわからない世界」という意味合いからインターネット上の仮想空間のことを指します。ICOの呼称「クラウドセール」の「クラウド」も同じ意味です。

「トークン(token)」はプログラミングの世界で文字列(キーワード)や識別子を意味する最小単位。また、公共交通の世界では硬貨の代わりに用いられる乗車通貨(代用通貨)のことを指します。諸外国では、今でも公共交通を利用する際に「トークン」を購入する仕組みになっている地下鉄やバス等も少なくありません。

ICOが「トークンセール」と呼ばれるのは、「トークン」の上記のような意味から派生してネーミングされたようです。つまり、「仮想通貨」を「トークン」と呼んでいます。

ICOによる資金調達を企図する企業や事業家は、「トークン」つまり「仮想通貨」を生成して発行。投資家はその「仮想通貨」の見返りに投資をする仕組みです。

銀行借入やIPOに比べ、インターネットの世界の中で完結するため、簡便かつ短時間で資金調達が可能。しかも、国境を越えて資金が集まります。

投資家にとって、投資リターンを期待することに加え、「仮想通貨」自体の値上り益(キャピタルゲイン)も享受可能。つまり、最近の「仮想通貨」ブームによって「仮想通貨」の価格が上昇傾向にあることがICO急拡大の背景です。

スタートアップ企業の多いロシアやスイス等での増加傾向が顕著なほか、エストニアでは国自身がICOに染手。日本でもICOによる資金調達事例が出始めています。

こうした中、自らは「仮想通貨」技術を持たない事業家(資金需要者)が、「仮想通貨」を外部から調達し、あるいは自らの「仮想通貨」組成を第三者に委託する事例も登場。ここまでくると、ICOの意味が変わってきます。「仮想通貨」やICOを巡る詐欺事件や盗難事件も発生しています。

そもそも「仮想通貨」を介して資金調達する仕組みは、「絵画」や「骨董品」を資金調達に活用し、「これは将来相当値上がりするので、現在の時価以上の投資をしてください」と言っているのと同じように思えます。

何やら、バブルっぽい気配を感じるのは、私だけではないと思います。

2.ホワイトペーパー

低コストで世界中から資金調達できるのがICOの特徴。投資家は「仮想通貨」の値上がり益も狙えます。要は、「仮想通貨」バブルの上に成り立っているのがICO。

規制がない「仮想通貨」やICOは自由かつハイリスクな世界。事業やプロジェクトが架空だったり、投資見合いで利用が約束された対象事業によって開発される予定の商品・サービスが提供されない事案も発生。

そもそも、ICOに応じた投資家が手にする「トークン」の法的位置づけが不明確。「株券」のように議決権や優待権が付与されているわけではなく、「株券」とは異なります。

対象事業の商品・サービスの利用権を付与する場合には「ユーティリティトークン」とも呼ばれます。商品・サービスを前払い購入していると考えれば、「トークン」は前払式支払手段としてのプリペイドカード・商品券等と類似した金融資産と考えることもできます。

本来、ICOはあくまで事業のための資金調達。事業内容を説明する資料は「ホワイトペーパー(事業計画書)」と呼ばれます。しかし、ICOにおける「ホワイトペーパー」は第三者による審査がなく、その信頼性に問題があります。

本来のICOの対象事業は、新しい「仮想通貨」や「ブロックチェーン」を作成するためのプロジェクト。典型例は、新しい「仮想通貨」の開発資金を調達するために当該「仮想通貨」を公開前に投資家に売却するパターン。未公開株の提供に似ています。

やがて、ICOの普及とともに「仮想通貨」とは無関係の事業やプロジェクトの資金調達手段として活用されるようになり、現在に至っています。

ICOという名称で投資家に呼びかけると簡単に資金調達できるため、「仮想通貨」や「ブロックチェーン」の知識や技術を有しない事業家が、「仮想通貨」を外部調達して資金調達する事例も現れ、つれて、実態のないプロジェクトや詐欺的案件が顕現化するようになったようです。

「トークン」発行者、つまりICOを行う事業者のメリットは、簡単に資金調達ができること。さらに、IPOのような上場審査や手数料負担もなく、手続きが簡便で抵コスト。

本来的なICOでは、新しい「仮想通貨」つまり「トークン」の時価が上昇すれば、発行者自身も資産効果を享受。事業・プロジェクトを成功させることで「仮想通貨」の時価を上昇させるというインセンティブにつながります。IPOで資金調達し、事業を成功させて株価上昇を目指す起業家のインセンティブと似ています。

「トークン」購入者のメリットは値上がり益。事業・プロジェクトが成功して「トークン」の時価が上がって値上がり益を得ることが最大のメリットです。

このようなICOに対して、カナダのように政府がICOを積極的に奨励する国がある一方、昨年来、主要国の潮流は警戒的。典型例は中国と韓国。ICO禁止を打ち出しました。

米国では、SEC(米証券取引委員会)がICOに使われる「トークン」が法規制対象の有価証券になりうると表明。詐欺の嫌疑があるICOを告発しているほか、未登録ICOによる調達資産を凍結するなど、厳しく対応し始めています。

英国FSA(金融庁)は「ICOは全損の危険性がある」と警告。シンガポールMAS(金融管理局)はICOが証券法適用対象になる可能性を指摘するとともに、投資家に注意喚起。

日本でもICOの法的性格が依然として明確ではないものの、資金決済法及び金融商品取引法に基づく規制が適用されるようにはなりました。

昨年10月27日、金融庁はICOのリスクに関する注意喚起文書を公表。11月10日公表の金融行政方針の中でもICOに触れ、詐欺的ICOの摘発、関係業界による自主規制勧奨、利用者及び事業者に対する注意喚起等を行い、関心を高めています。

3.ICOヘイブン

「仮想通貨」という概念は1990年代にはIT関係の科学者や技術者に認識されており、2000年頃には実際に「仮想通貨」が使用され始めたようです。

現在、世界で流通する「仮想通貨」は1000種類以上とも言われますが、取引量や時価総額が大きいメジャーな「仮想通貨」には、「ビッドコイン」「イーサリアム」「アルトコイン」「ライトコイン」「NEM」等があります。

昨年12月3日、石油埋蔵量世界1位ながら経済危機に陥っているベネズエラが、石油・天然ガス等の資源を担保とする「ペトロ」という「仮想通貨」を発行。世界初の国家による「仮想通貨」発行です。

こうした潮流の中で拡大しているICO。今後、各国が規制強化に及ぶと、ICOに用いられる「トークン」「仮想通貨」の価格が下落し、資金調達に支障をきたすかもしれません。

また、ICOの主な舞台、主戦場が移動する可能性もあります。つまり、ある国で規制が強化されると、規制の緩い国にICOの舞台が移動。「タックスヘイブン」ならぬ「ICOヘイブン」が誕生するかもしれません。

ICOの原点回帰も予想されます。規制が強化されれば、本来的なICOつまり「仮想通貨」開発のためのICOは続く一方、一般的な事業・プロジェクト対象のICOはフェイドアウトする可能性があります。

ICOに関する現時点での個人的印象を述べれば、世界的なICO隆盛の背景は「仮想通貨」バブル。また、日本でのICO普及は容易でないと思います。理由は以下のとおりです。

まず、日本でのICOの対象事業・プロジェクトの内容の問題です。「ホワイトペーパー」の信頼性と実現可能性に疑問を抱く投資家が少なくないのが実情です。

IPOやVC(ベンチャーキャピタル)における事業・プロジェクトの実現可能性の検証に比べると、ICOにおける当該チェックは甘いと言わざるを得ません。

本来のICO(つまり「仮想通貨」開発に関わるICO)以外のICOの「ホワイトペーパー」の信頼性向上は今後の課題であり、事業・プロジェクトが完遂されないリスクを感じる案件は少なくありません。

本来のICOにおいても、その多くは「仮想通貨」のインフラ整備を企図するものと聞きます。つまり、他者のICOをサポートするシステムや基盤整備を企図するものであり、本来のICO、つまりイノベーションにつながるような新しい「仮想通貨」開発そのものではありません。

また、「仮想通貨」バブルに便乗した「打ち出の小槌」的なICOが多いのも気になります。「トークン」の発行は所要のプログラムを活用すれば、誰でも可能です。つまり、必ずしも「仮想通貨」の知識や技術に精通した事業家や技術者でなくても対応可能です。

それでは単に「提供された車を運転している」だけであって「新しい車を開発・製造している」ことにはなりません。本来のICOは「新しい車を開発・製造するための資金調達」です。「提供された車」に問題があっても、自ら改善することすらできません。

さらに、「トークン」購入者、つまり投資家側が情報面で著しく不利な状況に置かれていることです。すなわち、情報不足。「ホワイトペーパー」の信頼性や実現可能性を十分に検証するだけの情報が提供されていません。

日本では、地域活性化のために「仮想通貨」を「地域通貨」化し、地域がICOによって資金調達し、地域活性化のための投資資金を確保するというアイデアも聞きます。

その場合、当該「仮想通貨」はその地域自身が技術力をもって開発するものではなく、簡易的な手法による作成、あるいは他者からの提供によるものであり、本来のICOとはほど遠いものです。

本来のICOの対象事業・プロジェクトは、厳密には新しい「仮想通貨」開発からスタートしたものであることは上述のとおりですが、より正確に言えば、新しいIT技術・プログラム・プラットフォーム開発全般と言ってもよいでしょう。それは、過去のICOの成功事例を知っていただくことにより理解が進みます。

例えば、現在「仮想通貨」の2番手に成長した「イーサリアム」は2014年のICOによって誕生。これは、まさしく厳密な意味での本来のICOです。

一方、「アラゴン」は企業のガバナンス、給与計算、会計、財務諸表、資金調達等の業務をITネットワーク上で分散管理するためのシステム。「仮想通貨」であり、かつ「ITプラットフォーム」という特性を備えています。「アラゴン」は、わずか15分で2500万ドルの資金調達を行ったことで知られています。

今後の「仮想通貨」相場を予測することは困難ですが、価格や価値が無限に上昇することはあり得ません。どこかで調整局面を迎えるでしょう。

ICOのルールを厳格化しても解決策にはなりません。主戦場が「ICOヘイブン」に逃避したり、厳格なルールに従うICOがIPOやVCと変わらなくなるだけです。

今回のメルマガは一段と難解になりましたが、お伝えしたい結論は次の2点に集約されます。第1に、ICOは「仮想通貨」バブルの上に成り立つ新手の資金調達手段。第2に、本来のICOはIT技術力を駆使したプログラム・システム開発のための資金調達手段。

ITに関連しない事業・プロジェクトのための資金調達にICOを利用することは、単に「仮想通貨」バブル、ICOバブルに便乗した不合理な対応であると思います。(了)


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