解散総選挙となりました。一昨日、民進党と希望の党の連携が確定。現在、様々な調整が行われています。メルマガ作成の余裕もなく、月後半号は月末ギリギリになってしまいました。選挙準備を進め、政権選択選挙にしなければなりませんが、告示までに様々な難関が待ち受けています。とりあえず、今号は米国最新情勢分析です。
1.バトル・フラッグ
1月20日にトランプ政権が発足して約10ヶ月目。ホワイトハウスでトランプを支えてきた幹部が次々と辞めています。
7月、広報の要、スパイサー報道官、スカラムッチ広報部長が相次いで辞任。スカラムッチはスパイサーの後任として着任10日後の辞任です。
ホワイトハウスの中枢4人のうち3人も辞めました。フリン安保担当補佐官はロシアとの癒着疑惑で2月13日に辞任。プリーバス首席補佐官は7月28日に更迭。
そして8月18日、トランプ当選の立役者、最も影響力があると見られていたバノン首席戦略官が辞任。当初の中枢4人の中で、残るは副大統領のペンスだけとなりました。
米国の政治構造は「保守」対「リベラル」ではありません。日本では常に「保守」対「リベラル」で政治報道が行われますが、そもそも「保守」と「リベラル」は対立概念ではありません(この点の詳細については、メルマガ331号<2015年3月12日>をHPからご覧ください)。
米国の政治構造は「リベラル」「産軍複合体(以下、産軍と略称)」「右派」の3極です。バノンを含む辞任した3人は「右派」。残るペンスは「産軍」。
フリンの後任マクマスター(元陸軍中将)、プリーバスの後任ケリー(元海兵隊大将)はいずれも「産軍」。つまり、ホワイトハウス中枢が「右派3」対「産軍1」の構造から「産軍3」のみになったということです。
バノン辞任に先立つ8月11日、バージニア州シャーロッツビルで南北戦争時代の南軍リー将軍の銅像撤去に反対する「右派」と撤去賛成の「リベラル」が衝突。「右派」青年が「リベラル」集会に車を突っ込み、死傷者が出ました。
「右派」と言っても極端な白人至上主義者を含む「極右」だったようですが、この事件を機にバノンを「極右」の仲間(オルト・ライト、新右翼)と批判する「産軍」及びマスコミがバノン辞任を要求。
トランプがバノン擁護の姿勢を示すと、トランプ顧問団の財界人等が辞任を表明。米国では「人種差別主義者」のレッテルを貼られると社会的ダメージが大きいため、自らの評判を重視する財界人等の圧力に屈し、トランプはバノン更迭を了承しました。
バノン辞任に至る経緯、ホワイトハウス中枢3人の辞任は、単なるトランプ政権の混乱ではなく、米国の政治構造の深層と関係しています。気が早いですが、次期大統領選挙及び北朝鮮問題の今後にも影響を与えます。
そもそも、シャーロッツビル事件の背景は南北戦争の歴史に遡ります。南北戦争は奴隷制の可否を巡る「連邦(北軍)」と「連合(南軍、南部11州)」の内戦。1861年に開戦し、1865年、南軍リー将軍が降伏して終結。両軍の死者は約63万人。米国の戦死者としては過去最多です。
「連合」の陸軍旗「バトル・フラッグ(南軍旗)」は正方形。赤字に十字の青帯の中に星印があり、戦闘時に用いられました。この旗をはじめ、「連合」「南軍」に関わる旗を「南部旗」と総称します。
南北戦争後、「南部旗」は掲揚禁止となったものの、人気の高い「バトル・フラッグ」を中心に徐々に復活。第2次大戦中は南部出身兵士等の部隊で「南部旗」が非公式に使用され、沖縄上陸後、首里城に最初に掲げられた旗も「星条旗」ではなく南部出身海兵隊員が持っていた「南部旗」だったそうです。
「南部旗」は象徴的な含意を伴っています。第1に、南部白人にとって南部のために戦った祖先への敬意。第2に、北部による政治支配に対する南部の抵抗精神。第3に、奴隷制あるいは南北戦争後に南部各州で制定された人種隔離諸法(ジム・クロウ法)の象徴です。
ジム・クロウ法は、黒人を中心とした有色人種の公共施設利用制限等を定めた人種差別的内容を含む南部諸州の州法の総称。「ミンストレル・ショー(白人が黒人に扮して歌うコメディ)」の1828年のヒット曲「ジャンプ・ジム・クロウ」に由来し、ジム・クロウは黒人を戯画化したキャラクター。黒人隔離を暗喩する言葉です。
黒人差別を改める公民権運動は19世紀末から徐々に広がり、1964年、民主党ジョンソン大統領が公民権法を制定。南部各州のジム・クロウ法を即時廃止しました。
この間、「バトル・フラッグ」をはじめとする「南部旗」は、KKK等白人至上主義者がデモ行進等に使用したため、社会的にマイナスイメージの旗となりました。
2015年6月17日、サウスカロライナ州チャールストンの教会で黒人信徒を狙った銃乱射事件が発生。犯人の白人が自らのウェブサイトで「南部旗」と一緒の写真をアップしていたため、「南部旗」やリー将軍の銅像等を巡る議論が全米で再燃。今日に至っています。
南北戦争に勝利したリンカーン大統領が共和党だったため、敗戦した南部は長らく民主党地盤。しかし、第2次大戦後に民主党トルーマン大統領が公民権政策を掲げたことから流れが変わり、共和党ニクソン大統領が公民権政策に不満を抱く南部白人層の取り込みに成功。以後、南部は共和党地盤となっています。
2.「3極構造」と「3点セット」
チャールストン事件後も断続的に同種事件が発生する中、「右派」は撤去反対の姿勢を強め、各地の「右派」運動が結束。そうした中で起きたのが8月11日のシャーロッツビル事件。南北戦争に起因する根深い対立構造が再びクローズアップされました。
バノンはこの対立を利用してきました。全米各地の約1500の南軍に関わる銅像や記念碑について、撤去推進の「リベラル」と撤去阻止の「右派」の対立を煽り、反トランプと親トランプの戦いを演出。この戦略は大統領選挙で奏効し、政権発足後も続行。
この間、ホワイトハウス内の政治闘争がエスカレート。バノンはシャーロッツビル事件を契機に辞任を余儀なくされました。
上述のとおり、米国政治は「リベラル」「産軍」「右派」の3極構造。これに加え、バノンが主導してきた「覇権放棄」「経済ナショナリズム」「白人至上主義」の3点セット。
これらが複雑に絡み合い、現在の米国政局を動かしています。今後の北朝鮮への対応にも影響を与える力学を生んでいます。
「世界の警察官」「民主主義の伝道師」を自認してきた米国。そのための軍事費負担、及び諸外国に対する通商政策等における譲歩が製造業衰退を招き、生産現場を担ってきた白人中低所得者層の不満を高めてきました。
さらに、大統領選挙を筆頭とした各級選挙において、増加する有色人種の得票を重視する傾向が続き、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)に重なる白人中低所得者層が政治から忘れられる「ポリティカル・コネクトレス」が常態化。
そこに目をつけたバノンの選挙戦略及び政治的主張が「覇権放棄」「経済ナショナリズム」「白人至上主義」の3点セット。前2点は「アメリカ・ファースト」というスローガンにつながりました。
米国では「リベラル」が他国における圧政や人権侵害を問題視し、米国の軍事行動を正当化する力学に寄与。「リベラル・産軍」の政治的パワーを形成しています。
さらに「リベラル」の富裕層や「産軍」の周辺には「金融」も寄生。結果的に「リベラル・産軍・金融」という強力な政治的ステークホルダー群を形成。それが米国「エスタブリッシュメント(支配層)」の正体です。
「覇権放棄」「経済ナショナリズム」は「エスタブリッシュメント」及び、その中心を形成する「グローバリスト」にとって受け入れられません。
そのためバノンは、経済政策を巡ってゴールドマン・サックスから政権入りしたコーン(NEC)国家経済会議議長、トランプの娘婿クシュナー上級顧問、パウエル次席補佐官等の「グローバリスト」と対立していました。
その力学の鬩(せめ)ぎ合いがホワイトハウス内の人事抗争の主因。結果として、中枢4人のうち、フリン、プリーバス、バノンの「右派」3人が駆逐されました。
副大統領ペンス、フリンの後任マクマスター、プリーバスの後任ケリー。いずれも「リベラル・産軍・金融」の政治的ステークホルダー群に含まれます。
8月18日に今後のアフガニスタン政策(米軍増派)を決める会議が予定されていたため、増派を望む「リベラル・産軍・金融」にとって、「覇権放棄」に基づいてアフガン撤退を主張するバノンを駆逐することが重要課題でした。
NSC(国家安全保障会議)内のバノン派実務スタッフ3人(ワットニック、ハーヴェイ、ヒギンズ)をまず解雇し、その後シャーロッツビル事件を利用してトランプに圧力をかけ、バノンを辞任に追い込んだと推察します。
8月18日、トランプは選挙時の主張を180度転換し、「リベラル・産軍・金融」が求める4千人増派を承認。3点セットのうち、「覇権放棄」は軌道修正されました。
トランプは大統領権限で対応可能な政策は強行していますが、その裏付けとなる税制改革、財政出動、移民抑止等の諸施策や法制は「エスタブリッシュメント」の圧力を受けた議会や司法の抵抗で立ち往生。
景気や経済政策の停滞は、トランプを支持していた財界人等の反発を誘発し、政権維持や次期大統領選挙に向けてマイナスです。
財政赤字上限引き上げや来年度予算編成等が議会に阻まれたままでは、株価急落、政府閉鎖や、米国債の利払い不能(デフォルト)等につながりかねません。経済的混乱は財界人等の反発、政権崩壊に直結します。
トランプはバノン辞任で「エスタブリッシュメント」と議会を懐柔し、最悪の事態を回避。バノン辞任後、さっそくバノンが立案した日中加への関税強化案等を棚上げ。中国敵視のバノンが辞任した途端、中国がトランプ年内訪中を招請。思わぬ副次的効果です。
「リベラル」「産軍」「右派」の3極構造。「覇権放棄」「経済ナショナリズム」「白人至上主義」の3点セット。
これらの輻輳した構図の中で、人事抗争が続き、現時点においては「覇権放棄」「経済ナショナリズム」が軌道修正されつつあり、「リベラル・産軍・金融」のステークホルダー群の政治的巻き返しが続いています。
以上のような文脈の中で、米国の現状、北朝鮮問題の今後を考える必要があります。
3.「右派」と「白人至上主義」
共和党主流派は金融界、経済界、富裕層と関係が深く、市場の混乱を好みません。トランプ自身も大富豪。バノン辞任と引き換えに、赤字上限引き上げや税制改革等の法案を議会が通すという取引が行われた可能性があります。
バノンは、辞任発表当日の保守系政治雑誌(ウィークリー・スタンダード)の取材に対し、「我々が戦い、そして勝利したトランプ大統領職は終わった(The Trump presidency that we fought for, and won, is over)」と発言。反トランプに転じるとの観測報道がありますが、事態はそれほど単純ではありません。
3点セットのうち、「白人至上主義」に関するトランプの言動は変化していません。「アメリカ・ファースト」に共鳴する白人中低所得者層、南北戦争以来の対立構造に根差す「右派」のトランプに対する支持は根強く、健在。
現状に不満を抱く白人中低所得者層の存在を考慮すると、トランプが即座に穏健路線に転換するとは思えません。「右派」と「白人至上主義」は手放していないということです。
日本のマスコミは「産軍」と「右派」を結び付ける傾向がありますが、「産軍」と「右派」は別物。上述のとおり、むしろ「リベラル」と「産軍」の関係が深いと言えます。
トランプ及びバノンは、「覇権放棄」「経済ナショナリズム」を軌道修正することで「リベラル」「産軍」の不興を和らげつつ、「白人至上主義」を利用して「右派」からの支持を堅持。うまく行けば、「リベラル」「産軍」「右派」の全部をつなぎとめます。
だからトランプは、シャーロッツビル事件に際し、加害者となった「右派」を非難せず、喧嘩両成敗的な発言をしました。
バノンは古巣の「右派」メディア「ブライトバード」の主宰者に戻り、再び外から「右派」運動を煽り、親トランプ勢力を維持し、次期大統領選挙に向けての環境整備を続けるとの見方もあります。
南北戦争以後の対立構図が復活するほど米国社会の分裂はエスカレートし、国家としての意思決定が困難になります。「右派」トランプ政権は、「リベラル・産軍」支配の議会を制御できなければ、米国の運営は暗礁に乗り上げます。
「リベラル」が強いカリフォルニア州では米連邦からの分離独立を問う住民投票を求める政治運動が拡大しています。欧州等の同盟国が米国に見切りをつけ、中露との関係強化に走ることもあり得ます。
こうした中で緊迫する北朝鮮情勢。トランプと金正恩の舌戦はヒートアップ。北朝鮮は米国の報復を恐れることなく、挑発を続けています。
米国の混乱に乗じているという見方も成り立ちますが、別の角度からも熟考しておくことが必要でしょう。
ホワイトハウス内の「産軍」勢力が伸長し、朝鮮半島で軍事行動を起こす政治的環境が整いつつあるとの見方がある一方、米国は朝鮮半島において軍事行動を展開するうえで必要な人材が揃っていないとの情報もあります。
北朝鮮への軍事行動はシリアへの一時的攻撃とは次元が異なります。背後に中露が控え、大規模紛争に発展する恐れがあり、相当深い事前調整がないと軽々に断行できません。
具体的には、トランプ政権内で東アジア全体の外交安保政策を立案・統括する人材がいません。東アジア・太平洋担当、軍備管理・国際安保担当等の国務次官補等、政治任用の重要ポストが未確定。中露と事前交渉には至らず、軍事行動は起こせないとの見方です。
たしかに、マクマスター安保担当補佐官やマティス国防長官等はイスラム・中東、ケリー首席補佐官は南米・ベネズエラの専門家。東アジア担当のキーパーソンの名前は聞こえてきません。
上述の米国「3極」「3点セット」の政治構造の中で、「エスタブリッシュメント」の利害得失、政権維持、次期大統領選挙等に関わる輻輳した力学の中で、東アジア情勢の今後が決まっていきます。
つまり、東アジアの平和ではなく、米国内の政治力学によって北朝鮮への軍事行動の有無が決まるという見方です。国際政治の現実を鑑みると、この見方も軽視できません。
日本はトランプ政権に単に追従するばかりでなく、独自の情報網と外交行動を駆使して行動することが必要です。単なる追従は、米国内の混乱や政治力学に翻弄されることを意味します。(了)