1.第6.5章
南スーダンへのPKO部隊派遣は2012年1月。派遣開始から5年強で任務を終了しますが、撤収作業を無事に終えることを祈念します。
PKO(ピース・キーピング・オペレーション)は「国連平和維持活動」と訳されていますが、この日本語訳に重大な誤訳が当てられています。
「オペレーション」は「作戦」です。これをあえて「活動」と訳していることが、PKOの本質に対する誤解を助長しています。
そもそも国連(UN)はユナイテッド・ネイションズ。直訳すれば連合国。第2次世界大戦の戦勝5ヶ国(米英仏露中)を母体とする戦勝国連合組織です。
5大国が安全保障理事会における拒否権を有する常任理事国。加盟国の中で秩序を乱す国が出てきた場合には、集団制裁(集団的安全保障を発動)する枠組みが原点です。
だからこそ、国連憲章には敵国条項(戦勝国の敵国であった国に関する事柄を決めている条項)が存在しています。具体的には第53・77・107条です。
日本国内には、日本は安全保障理事会の常任理事国を目指すべきとする意見の人もいますが、日本は未だに旧敵国という位置づけ。
世界では、日本が安全保障理事会の常任理事国になることを現実的な話と思っている人(国)はほとんどいないでしょう。「日本の常識、世界の非常識」です。
PKOに関しても「日本の常識、世界の非常識」があります。
国連憲章で平和維持のための強制手段(軍事介入)を定めているのは第7章の「強制措置」。その前の第6章は紛争当事国(受入れ国)の同意を前提とする「平和的介入手段」を定めています。
国同士の紛争ではなく、内戦等が対象のPKOには国連憲章上の根拠がないため、第6章と第7章の中間という意味で「第6.5章」という呼び方もされます。
第1次中東戦争(1948年)停戦後の「休戦監視機構」が最初のPKO。創設日の5月29日はPKO記念日になっています。
PKOの本質を理解するうえで不可欠の重要な基礎知識が4つあります。
第1は1977年のジュネーブ諸条約追加議定書。PKO部隊も内戦勢力等と武力衝突に発展する可能性があることから、国以外の紛争当事者にも国際戦争法や国際人道法を遵守させることを定めたものです。
第2は紛争当事国(PKO受入れ国)と結ぶ「地域協定」。PKO部隊の派遣に当たっては、国連が受入れ国と一括して「地位協定」を締結します。
紛争当事者と武力衝突が起き、自国派遣部隊が殺傷行為等を行ってしまう場合に備え、受入れ国における訴追免除を定めるものです。つまり、派遣国側の軍法、国内法によって自国派遣部隊の法的責任を裁きます。
因みに、日本は軍法が存在しません。正当防衛以外の目的での武器使用が「駆け付け警護」で認められたことから、軍法を整備するのか、刑法等で対応するのかが問われています。
この点は、集団的自衛権を巡る安保法制の議論でも国会で取り上げられましたが、「駆け付け警護」容認以前の状況が継続しています。
2.アナン告示
1948年以降、累次のPKOが行われる中で、大きな転機となったのが1994年のルワンダ内戦でした。
ルワンダ内戦では、政府側の多数派部族(フツ族)の民兵が、反政府側の少数派民族(ツチ族)の市民を襲撃する事態に発展し、停戦協定が崩壊。
この事態にPKOが対応すると、必然的に政府側勢力と交戦することとなり、PKO自身が国際法上の紛争当事者となる危険性に直面しました。
結果的に各国のPKO部隊は何もできず、相次いで撤退。以後、100日間で100万人の市民が虐殺される事態を傍観せざるを得ませんでした。
ルワンダの隣国コンゴでも、内戦(1996年から2003年)等により20年間で約600万人の市民が犠牲になっています。
1990年後半にはコソボ内戦(ユーゴスラビア)でも多くの市民が犠牲になりました。
こうしたことを契機に、国連内部でPKOのあり方が議論され、1999年8月12日、PKOの性質を根本的に転換する国連事務総長告示が発表されました。
当時の事務総長はアナン氏。告示のタイトルは「国連部隊による国際人道の遵守」です。
これが第3の不可欠で重要な基礎知識。「アナン告示」の詳細は割愛しますが、以下のことを宣言しました。
かつてのルワンダのような事態に直面した際、今後、PKOは「住民の保護」のために行動(交戦)する。
その際には、PKO自身が国際法上の紛争当事者となることを厭わない。
紛争当事者となる以上、各国のPKO部隊も戦時国際法や国際人道法を遵守する。
各国PKO部隊の行動は、各国の国内法(軍法)によって規定される(裁かれる)。
ポイントは以上のとおりです。この「アナン告示」を境に、国連PKOの本質が根本的に変わりました。日本ではこの点が十分に理解されていません。
「アナン告示」を受け、2004年、日本は国内法を整備しました。正式名称は「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」。
「アナン告示」に対応した法律ではあるものの、捕虜や文化財等に対する行為規制のみを定める内容であり、一番重要な殺傷行為に関する規定は含まれていません。
なぜなら、日本は憲法上、交戦権が認められていないので、交戦によって人を殺傷することが想定されていないからです。つまり、憲法9条の問題と関係しています。
自衛隊がPKO部隊として派遣される場合、交戦を想定していないので、交戦はありえないという仮定(条件)が必要となります。
そこで「後方支援」「非戦闘地域」「非一体化(武力行使とは一線を画する)」等の日本でしか通用しない概念が創作されることとなりました。
これも「日本の常識、世界の非常識」と言わざるを得ません。
因みに、仮に「駆け付け警護」で殺傷行為を行った場合、日本の自衛隊員は刑法的な観点からチェックを受けることになります。
「駆け付け警護」でやむなく他国民を殺傷した場合、軍法によって免責も可能ですが、現在の状況では刑法の業務上過失致死によって免責される道を見い出すことになります
刑法では「国外犯規定」によって海外での過失行為は免責となるからです。
3.パラダイムシフト
日本では「PKO5原則」がPKO協力法に定められています。
第1に停戦合意の成立、第2に紛争当事国(受入れ国)の合意、第3に中立的立場の厳守、第4に基本方針の充足、第5に武器使用は必要最小限。
この5原則が満たされていることを条件として、国会の承認があれば、日本の自衛隊はPKO部隊として派遣されます。
ここで、PKOの本質を理解するうえで不可欠の重要な基礎知識の第4です。
国連憲章にはPKOに関する規定がなく、第6章の平和的介入手段と第7章の強制措置の中間をとって「第6.5章」と言われていることをご紹介しました。
国連憲章に明文規定が存在しないPKOは、PKF(平和維持軍)、軍事監視団、文民警察、民生部門の4つから構成されるのが一般的。因みに、PKFの「F」は「フォース」ですから「軍隊」そのものです。
さて、諸外国は日本の自衛隊PKO部隊はどこに所属していると理解しているでしょうか。
道路や橋を作るのに貢献しているので「民生部門」だと思われるかもしれませんが、実は「PKF」の一部です。
軍隊は一般的に、歩兵部隊、機甲部隊、工兵部隊等から構成されます。このうち、工兵部隊とは軍事作戦に必要な道路網、通信網、基地等を構築する部隊です。
日本の自衛隊PKO部隊は、諸外国からはPKFの工兵部隊と認識されていることを理解しておくことが重要です。これが第4の基礎知識です。
ところで、世界各地に派遣されているPKO部隊の83%がアフリカ諸国に集中しています。
中近東を加えると集中度はさらに高まります。世界全体で16のPKO部隊が派遣されていますが、うち13はアフリカと中近東。要員数では95%に達します。
アフリカと中近東以外の3か所は、ハイチ、インド・パキスタン、コソボです。
紛争や戦争の背後には必ず経済的対立があるということは、このメルマガで一貫してお伝えしているメッセージです。
表向き民族対立や宗教対立、領土問題であっても、その深層には必ず経済的な理由があるのが古今東西の常。
メルマガ372号(昨年11月24日号)で2つのことを指摘しました。ひとつは、歴史を動かす3要因は経済・宗教・民族であること。もうひとつは、1648年のウェストファリア条約以降、国家及び国際社会という概念が確立したこと。
国家間で交渉や競争を行うのでインターネイション(国家間)という言葉が登場。したがって、国際化はインターナショナリズムです。
同時期、経済学が登場し、経済理論を精緻化してきました。しかし、現実の経済は理論が精緻化したから成長したのではありません。世界の列強諸国がフロンティアを開拓することで成長してきました。
その過程で、経済的利権を争って戦争を重ねてきたのが近代の歴史、人間の歴史です。
国際社会にとって、最新のフロンティアはアフリカ。だからこそ、アフリカで紛争が頻発し、その背後には諸外国の複雑な力学が絡み合います。
その結果、PKO部隊の大半がアフリカに集中しています。そういう文脈で南スーダンのPKOを理解しないと判断を誤ります。
メルマガ376号(今年1月22日号)では米国トランプ政権誕生の背景を分析する観点から、グローバリズムについて洞察しました。
インターナショナリズムの次のパラダイムとしてのグローバリズム。人間は地球上にフロンティアがなくなれば、次は宇宙に進出するでしょう。ユニバーサリズムです。
既に米国は一昨年11月に商業宇宙打上競争法を発効。ルクセンブルクも宇宙資源開発に国として取り組み始めました。ロシア、中国は言うに及びません。
「パラダイム」は科学哲学者トーマス・クーンによって提唱された科学史及び科学哲学上の概念。1962年に刊行された「科学革命の構造」の中で初めて使われました。
その後はクーンの想定を超えて、様々な分野における「基本的枠組み」を意味する言葉として定着。
経済の観点から言えば、インターナショナリズムからグローバリズム、グローバリズムからユニバーサリズムはいずれも「パラダイムシフト」。
PKOに関して言えば、「アナン告示」はPKOの「パラダイムシフト」。国連やPKOの現実を理解したうえで、冷静で合理的な議論に努めることが肝要です。
今回の南スーダンPKO部隊撤収は適切な判断です。
今後は「日本の常識、世界の非常識」を脱する努力をするのか。あるいは、「世界の非常識」は「名誉ある日本の常識」として守り続けるのか。
いずれにしても、的確な基本認識の下で、合理的な議論と判断、現実的な対応を行うことが求められます。
(了)