【第156号】四国霊場、紙上遍路の旅6(二十二番白水山平等寺・二十三番医王山薬王寺・番外八坂山鯖大師本坊・二十四番室戸山最御崎寺・二十五番宝珠山津照寺

皆さん、こんにちは。梅雨の季節です。くれぐれもご自愛ください。さて、紙上遍路の今年のかわら版。では出発。

厄除け寺の後ろ向き薬師

先月は難所の二十一番で打ち止め。そこから十一・七キロメートル。二十二番は白水山平等寺です。

お大師様がこの地で井戸を掘ったところ、乳色の水が湧き出たことに因んで白水山。

ご本尊は薬師如来。手足が治る霊験を授かった人が多く、イザリ車やギブスなどが奉納されています。

二十二番から十七・一キロメートル。発心の道場、阿波最後の札所は二十三番。厄除け寺として知られる医王山薬王寺。

港町と美しい山海の絶景を見下ろす山腹にあり、仁王門をくぐるとふたつの階段。三十三段の女厄坂と四十二段の男厄坂。厄除け祈願の参拝者は年間百万人と言われています。

平安時代の火災の折、本尊が光を放って飛び去り、のちに新たな本尊を開眼供養すると、避難していた本尊が再び光を放って戻り、後ろ向きに入堂したと伝承されています。

今も二躯の薬師如来が祀られ、戻ったご本尊は後ろ向き薬師と呼ばれています。

鯖大師と布施の心

いよいよ阿波(徳島)から土佐(高知)に入ります。修行の道場です。

二十三番から二十四番までは八十五キロメートル。徒歩であれば道中二泊の長旅です。

そこで、途中の八坂八浜にある番外札所、八坂山鯖大師本坊で一服。

お大師様がこの寺で一夜を明かした翌朝、馬に塩鯖を満載した馬子が通りかかります。粗末な身なりのお大師様が鯖を一匹所望すると、馬子は罵って立ち去ろうとします。

すると、馬が腹痛を起こして立ち往生。お大師様が馬に加持水を与えるとたちまち回復。馬子はお礼に塩鯖を献じます。

お大師様がその塩鯖を加持して海に放つと蘇生して泳ぎ去ります。お大師様は馬子に「塩鯖が欲しかったのではない。大切なのは布施の心」と諭します。馬子は心を改め発心し、出家してこの寺に草案を結びました。

長い道中、八坂の海を眺めて一服してください。

御厨人窟(みくろど)

土佐に入ると、荒涼とした海岸と太平洋の大海原が視界に広がります。

室戸岬周辺は風が強く「風の室戸」とも言われ、独特の防風石垣に囲われた家々が目を引きます。

岬の突端に御厨人窟という洞窟があります。お大師様はこの洞窟の中で虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)によって修行中、明けの明星(金星)が口に飛び込む霊験を経て、覚りを開いたと言われています。

御厨人窟の先に二十四番、室戸山最御崎寺(ほつみさきじ)の登り口があります。通称東寺。

ご本尊はお大師様が彫った虚空蔵菩薩。土佐修行の道場の最初の札所です。

舵取り地蔵尊

二十四番から六・一キロメートル、室津港を見下ろす丘の上、百八段の階段を登ると二十五番の宝珠山(ほうしゅざん)津照寺(しんしょうじ)。通称津(つ)寺。

土佐藩初代藩主の山内一豊公の乗る船が沖で暴風雨に遭遇。沈没寸前の時に僧が現れて舵を取り、無事に全員を室津港に帰着させました。

ずぶ濡れの僧の水跡は津照寺の本堂に続き、ご本尊の地蔵菩薩も濡れていたそうです。この霊験以降、ご本尊は舵取り地蔵尊と呼ばれています。

鯨(くじら)寺

高台の津照寺から西に目を向けると、行当(ぎょうどう)岬と山並みの間に二十六番の金剛頂寺が見えます。来月は鯨寺とも呼ばれる二十六番からスタート。乞ご期待。