【Vol.504】防衛費GDP比2%目標

国会が始まるとNHK日曜討論が各党議論を放映します。今週末12日(日)も出演しますが、防衛政策もテーマのひとつなので、今回は頭の整理にその話題を書きます。

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1.成長なくして財源なし

現在の国会では、賃上げ、子育て・教育、電力・エネルギー確保等の論点に関心が集まっていますが、もちろん防衛政策や財源としての防衛増税の議論も行われています。

防衛増税の具体的な手法としては、第1に法人税に対する税率4%から4.5%の付加税、第2に所得税に対する税率1.0%の付加税、第3にたばこ税の1本3円相当の引上げ等によって賄うことが想定されています。

しかし、これらの防衛増税は「令和6年以降の適切な時期」に行うとされているので、令和5年度当初予算案には当該増税は含まれていません。結局先送りになる可能性の方が高いでしょう。

1月27日の代表質問で「成長なくして財源なし」と岸田首相にお伝えしました。防衛財源のみならず、継続的に財源を生み出すには経済成長を実現することが必達です。

今年度の防衛財源については、外為特会からの繰入れ等による税外収入3.1兆円、国立病院機構等からの国庫返納等を定める財源確保法による税外収入1.5兆円、歳出改革による0.2兆円等によって賄うことになっています。

もちろん財源の議論も必要ですが「有事を起こさないこと」あるいは「有事の際に適切に対応できる態勢を整えること」の方が優先度の高い話です。

日本の安全保障政策、防衛政策は転換点を迎えました。「見たくないものは見ない」という日本社会のお家芸ではもはや誤魔化すことができないほど安全保障環境が厳しくなってきたからです。

昨年12月に決定された防衛3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)は、反撃能力保有や新領域(サイバー、宇宙等)重点化等、遅きに失したものの、現実を直視した内容になりました。

その結果、2023年度当初予算案で防衛関係費(米軍再編経費等を含む)は過去最大6兆8219億円、前年度当初比26%増となりました。

岸田首相は「防衛力抜本的強化『元年』予算」と銘打ち、今後5年間で43兆円を防衛費に充てることを明示。初年度である今年度予算の防衛関係費は公共事業関係費(6兆600億円)を初めて上回り、一般歳出で社会保障関係費に次ぐ規模に浮上。

予算案によって実現を目指す防衛力強化策は7本柱から構成されています。その項目、及び充当された予算額から、防衛省・自衛隊の考える優先順位がよくわかりかす。

7本柱の第1は、反撃能力を構成するスタンド・オフ防衛能力。米国製巡航ミサイル「トマホーク」取得、国産「12式地対艦誘導弾」能力向上型の開発・量産、迎撃困難な極超音速誘導弾の研究等です。全体として、敵の射程圏外から反撃を可能とする長射程ミサイル等に関わるものです。

第2は統合防空ミサイル防衛能力。イージス・システム搭載艦整備、極超音速滑空兵器の迎撃技術研究等です。

第3は無人アセット防衛能力。攻撃型をはじめ多様な無人機の試験導入を掲げています。これも遅きに失していますが、遅くてもやらなくてはなりません。

第4は戦闘新領域を加味した横断作戦能力。2027年度に4000人のサイバー専門人材育成を目指し、陸自通信学校(神奈川県横須賀市)を「陸自システム通信・サイバー学校」に改編します。

警戒監視に特化した哨戒艦4隻を建造(357億円)するほか、陸海空領域横断作戦能力向上のためにフィンランド・パトリア社製装輪装甲車26両取得(136億円)。このパトリア社製装輪装甲車については、最後の方でも取り上げます。

第5は指揮統制・情報関連機能。AIを活用した意思決定に関する研究を進めるそうですが、これも今更感。しかし、やはり遅くても始めなくてはなりません。

第6は機動展開能力・国民保護機能。詳細はよくわかりませんが、緊急に桟橋を海上に浮かべて島と繋げる揚陸支援システム研究等を掲げているところから、台湾・尖閣諸島・南西諸島・朝鮮半島等における有事の際の国民救出を想定しているようです。

2.共食い整備

第7に持続性・強靱性。今年度予算では、この第7の柱が特徴的です。例えば、交換部品不足を解消して装備品稼働率を上げるための装備品維持整備費を従来比1.8倍の2兆355億円計上。部品不足が深刻なため、戦闘機を含む防衛装備品の3割弱が部品確保のための非稼働装備品となっている事態解消に向けた対応です。

戦闘機や艦艇等は動かなければ戦力になりません。非稼働戦闘機等から部品を調達することを「共食い整備」と言っているそうです。防衛省・自衛隊は5年以内の「共食い整備」解消を目指しています。

継戦能力の不安解消のため、弾薬整備費も前年度比3.3倍の8283億円を計上。弾道ミサイル防衛に必要な迎撃弾は必要量対比で4割不足と言われており、この状況を改善することを企図しています。

施設整備費(宿舎は除く)もやはり前年度比3.3倍となる5049億円を計上。研究開発や隊員の生活・勤務環境改善を目指します。

例えば、空調関連経費は前年度当初予算で20億円(補正で40億円)でしたが、2023年度は424億円計上。自衛隊関連施設がいかに劣悪な環境に置かれているかが想像できます。

有事の際の自衛隊施設・部隊への被害を最小限に抑える「抗堪性」向上にも取り組むようです。具体的には、陸自那覇駐屯地や健軍駐屯地(熊本市)の司令部地下化推進、弾薬・燃料・通信・衛生等の後方支援拠点となる陸自補給支処を沖縄訓練所(沖縄本島)に新設する等の動きです。

現在では九州南端から台湾に至る南西諸島に補給処・支処が存在しないため、台湾有事等の際に迅速な部隊支援や物資輸送が担保されていません。

第7の柱に関連するこれらの対応は、いずれも「新たに必要になるもの」ではなく「これまで必要だが手当できていなかったもの」です。

上述のとおり「防衛力抜本的強化『元年』予算」と称しているものの、実際には反撃能力構築等の前に、まずは「見ないようにしていた現実」「不都合な真実」に向き合い、ようやく宿題を片付け始めたという印象です。

11年連続増加となった防衛関係費ですが、政府の2023年度経済見通しに基づくと、防衛関係費はGDP比で1.19%となります。そして、今後はGDP(国内総生産)比2%を目指すことも明示されました。

ただし、この数字には注意が必要です。GDP比2%の対象には、防衛省予算としての狭義の防衛費に加え、海上保安庁予算や安全保障関連研究開発費、インフラ整備費、米軍再編経費、デジタル庁所管防衛省システム経費等が含まれています。この計上の仕方は国際標準であり、今までの国民への説明が日本のローカル基準だったと言えます。

GDP比2%達成を前提として今後5年で43兆円を防衛関係費に投じます。従前5年間の総額27兆円の約1.6倍です。GDP比2%目標は「数字ありき」との批判があるため、岸田首相は「防衛力抜本強化の内容の積み上げ」と説明しました。

この説明を信じる人は少ないでしょうし、こんな説明をしてはいけません。GDP2%目標はNATO(北大西洋条約機構)の目標値です。

NATOにおける2%目標にも軍事的根拠はありません。2000年代以降、NATO諸国が国防予算漸減を食い止めるために1990年代後半の平均値であったGDP比2%目標を持ち出し「せめてその当時のレベルまで戻す」という趣旨で共有されたに過ぎません。

日本において長年使われてきたGDP比1%という目標も同様です。軍事的根拠があるわけではなく、積み上げでもありません。防衛費を抑制することで、日本が再び軍事大国化しないという安心感を周辺国に示す政治的メッセージでした。

2%であれ、1%であれ、政治的メッセージにすぎません。1%であっても、1990年頃の日本の防衛費は世界2位でした。それは、日本のGDP規模が大きかったからです。

日本を取り巻く安全保障環境が一段と厳しくなり、経済成長しない日本が続けば、防衛関係費はGDP比3%でも4%でも足りなくなるかもしれません。

3.見えざる制約

防衛の話題に関連して、韓国防衛産業の動向を少しご紹介します。韓国の国防技術振興研究所が発表した「2022年世界防衛産業市場年鑑」によれば、2017年から2021年の韓国武器輸出規模は過去最高となり、シェアでは世界8位となりました。

同期間の輸出シェアの高い順に並べると、米国(39%)、ロシア(19%)、フランス(11%)、中国(4.6%)、ドイツ(4.5%)、イタリア(3.1%)、英国(2.9%)、そして韓国(2.8%)です。

韓国の昨年1年間の武器輸出契約は200億ドル(約2兆6000億円)を突破。コロナ後の過去3年間で3倍となっているほか、ウクライナ戦争の影響で対欧州諸国を中心に武器輸出を急増させています。

各国が韓国製武器を選ぶ理由は3つあります。そのうち2つは価格と納期です。

例えば、ポーランドは韓国と約150億ドル(約2兆円)の輸入契約を締結。K2戦車980両、K9自走砲648門、FA50軽攻撃機48機、多連装ロケット砲288門等です。

ポーランドはウクライナに戦車提供等の支援を行った穴埋めに、米国製M1A2戦車、ドイツ製レオパルト2A7戦車、米国製高機動多連装ロケット砲システム(HIMARS)500門、ドイツ製自走砲PzH2000等を導入する計画でしたが、価格が高いうえ、米独両国から納入まで時間がかかるという回答を受け、安くて早い韓国と契約を結びました。

ドイツはレオパルト戦車180両完納までに10年以上かかると回答。一方韓国は、同数のK2戦車を3年以内に納入するとして売り込みました。

韓国は自国からK2戦車180両、K9自走砲48門を輸出後、それぞれ800両、600門をポーランドで現地生産する計画です。

K2戦車導入を検討するノルウェーは、韓国がポーランドに提示した納期を守れるかどうかを注視しています。韓国も荒技を使っても実現するでしょう。

FA50はKAI(韓国宇宙産業)が米国F16戦闘機をベースにロッキード・マーチン社の技術支援を受けて開発製造したT50練習機派生型であり、2013年から運用開始。

戦力化した2014年以降、故障や事故が続発しているものの、旧ソ連製ミグ29と米国製F16を運用しているポーランド軍は「FA50は現行機の85%性能」と評価。ベストではないが及第点と見做した結果の導入判断です。

韓国は受注したFA50戦闘機48機中12機を2023年中頃までに納入し、パイロット養成学校の設立も支援します。現在、東欧にパイロット養成学校がなく、米国で教育を受けているからです。

当該12機は、韓国軍の整備計画に合わせて製造着手した自国用FA50をポーランドに引き渡すようです。武器製造は自国軍を優先させ、余力を輸出に充てるのが主要国の常識ですが、韓国は自国軍を犠牲にして輸出を優先する荒技を行うようです。

この荒技には、日本も間接的に影響を受けます。韓国空軍は朴正熙政権時代に導入が始まったF5戦闘機80機を運用していますが、老朽化が進み、事故が相次いでいます。

韓国の防衛力が不足する状態で有事が起きると、米国は在日米軍に加えて自衛隊にも支援を求める可能性があります。尹錫悦(ユン・ソギョル)政権が対北朝鮮対策で日米韓の連携を求めており、半島有事に際して日本が巻き込まれる確率が高まるという構図です。

韓国はT 50練習機をこれまでにインドネシア、フィリピン、タイ等に輸出。また、K9自走砲はフィンランド、インド、ノルウェー等が導入しており、オーストラリア、エストニア、エジプトも導入を決めています。

韓国製武器が選ばれる第3の理由は米露中との関係です。米国と露中両国が対立する中、NATO諸国が露中の武器を購入することはあり得ませんし、中立的立場を取る諸国も米露中いずれの武器も購入し難いのが実情です。

その間隙に輸出を伸ばしているのが韓国です。韓国は米国の同盟国ですが、米露中製武器を購入するよりは、米露中各国を刺激するリスクは小さいとの判断から、欧州諸国等が韓国製を選択しています。

最後に、上述項番1で取り上げた8輪式または6輪式の軍用多目的装輪装甲車であるフィンランド・パトリア社製装輪装甲車AMV(Armored Modular Vehicle<装甲モジュラー車両>)を自衛隊が導入する件についてです。

AMVは1995年にフィンランド陸軍が新装甲車両研究をパトリア社に依頼。1996年から研究開発が始まり、2001年に試作車製造と運用試験が開始され、2003年に量産がスタートしました。

2019年9月10日、防衛装備庁は日本製96式装輪装甲車の後継車両開発をなぜか中止。2022年12月9日、防衛省は次期装輪装甲車にパトリア社製AMVを採用すると発表。今後は日本国内企業によるライセンス生産を目指すとしています。

候補のひとつであった三菱重工製16式機動戦闘車と比べて性能や経費面で優れていることを選定理由としてあげていますが、調べた限りでは決定的な差はないように思います。

三菱航空機のMSJ(旧MRJ)開発中止も含め、日本政府は自国製品の積極導入を進めないと、航空機や防衛装備品の他国依存は極まり、技術と産業の空洞化は必至です。

「成長なくして財源なし」。デュアルユースや防衛装備品産業の現実と重要性を直視し、日本の関連産業に対する米国等による「見えざる制約」から脱却する覚悟が必要です。

(了)